アンソロジー

(迷子の小鳥は)

迷子の小鳥は

私の窓辺に飛んでおいで

私の手の中で

おまえはきっと忘れた歌を思う出す

 

迷子のそよ風は

私の窓ガラスを叩いておくれ

私はお前に

ふるさとへの道を教えてあげる

 

迷子の流れ星は

私の窓辺に落ちておいで

私はお前を赤いローソクにともして

この世の闇を照らしだそう

 

    ブッシュ孝子全詩集『暗やみの中で一人枕をぬらす夜は』より

 

    *      *      *

 

ブッシュ孝子さんの詩を読んでいると、ご本人がすぐ近くにいる感じがする、不思議なのだけれど。思いが込められているから、なのだけれど、他にひみつがありそうな気がする。たぶん、彼女は空をとぶことができるのだ。そして、詩を読むひとの窓辺に、あるいは座敷の隅にすわって、ただにこにこ笑っている。だれにも気づかれないように、しずかに。

  

灼きはらわれた

あなたの言葉の光の風に

灼きはらわれた似非-

体験のいろとりどりの饒舌――百枚-

舌のわが偽-

詩、非詩。

 

吹き-

はらわれて

ひろびろと

なった道、

人の

かたちの

懺悔者雪をぬっていく、

ねんごろな

氷河室や氷河卓への道。

 

時の亀裂の奥

深く、

蜂窩状氷の

かたわらに、

待ちうける一個の息の結晶、

くつがえすことのできないあなたの

証し。

 

       『パウル・ツェラン詩文集』飯吉光夫 編・訳、白水社、2012

 

      *      *      *

 

遥かなる場所、時に赴く――私たちは、すべてとつながっている、過去のすべての人や物と――それらの記憶、息に触れることで、よみがえらせる(共にある)。灼きはらわれ、吹きはらわれ、秘せられた真に出会う。古の氷に閉ざされたそこにあるあなたの証は、私の最も大切な何か。

 

牛乳を注ぐ女

 何世紀も前、デルフトでのことだよ、母さん、覚えてる?

 あなたは画家のヨハネス・フェルメールの家で、壷からミルクを注いでいる

 画家にはカタリーナ・ボルネスという名の妻がいて

 彼女の母親はマリア・ティンスという名の意地の悪い女だった

 その母親には少しばかり頭のおかしい息子もいた

 僕の記憶が確かなら、名前はヴィレム

 彼はメリー・ヘリッツを犯してしまった

 いまその哀れな召使がドアを開ける

 母さん、あなたのためにだよ

 あなたは隅のテーブルに近寄ると

 壷から光の粒子、ミルクを注ぐ

 あなたの家族の牛がデルフトの濃い緑の絨毯、牧草で育んだミルクを。

 国立美術館で僕が夢見たように

 ヨハネス・フェルメールはあの壁、真鍮、カゴ、パン

 あなたの腕を、ミルクで白く塗るだろう

 絵画の虚構の世界では光は窓から注ぎ込んでいるけれど。

 フェルメールの光は何世紀にもわたる謎

 神の手が描き出した、言いようがないほど見事なあの光は

 コウモリが飛び回る時間に

 まだ暗い牛小屋であなたのために搾られたミルクなのだ。

 

     *     *     *

 

 マヌエル・リバスの短編集『蝶の舌』(角川書店, 2001年)の 「牛乳を注ぐ女」に挿入されている、「僕」が書いた詩。短編のなかで、「僕」はフェルメールの「牛乳を注ぐ女」に「ミルクの滴同士が似ているほど」そっくりな母親にこの詩を読んで聞かせる。フェルメールの美しい光とは、(あなたの)日々の苦労なのだと、言いたかったのだろうか。

(おまへに)

 おまへに

 つかまるのが

 こはいので

 そうっと

 よこを

 めをつぶって

 とほりすぎようとすると

 おまへは

 夕やけの

 波のやうに

 きらきらと

 にほって

 けっきょくは

 やっぱり

 わたしを

 つかまへてしまふ

 

 すひかずらよ。

 

 それでも

 わたしは

 勇気を

 ふるひおこして

 さよなら

 といはうとすると

 みどりの葉に

 しろと

 黄金の花ぶさを

 ちりばめた

 やさしい

 おまへは

 じっと

 わたしを

 瞠めて

 いふ――。

 

    あなたは

    おとなだから

    いそがしいのでせう。

 

                          (1959/6/15)

 

    須賀敦子詩集  『主よ 一羽の鳩のために』(河出書房新社、2018)

 

       *      *      *

 

 花をしている存在との対話。何気なく、さりげなく。どちらがどちらを慕っているのだろう。

 やっぱり、すひかずらのほうが、須賀敦子さんを?

小さな娘が思ったこと

 小さな娘が思ったこと

 ひとの奥さんの肩はなぜあんなに匂うのだろう

 木犀みたいに

 くちなしみたいに

 ひとの奥さんの肩にかかる

 あの淡い靄のようなものは

 なんだろう?

 小さな娘は自分もそれを欲しいと思った

 どんなきれいな娘にもない

 とても素敵な或るなにか・・・・・・

 

 小さな娘がおとなになって

 妻になって母になって

 ある日不意に気づいてしまう

 ひとの奥さんの肩にふりつもる

 あのやさしいものは

 日々

 ひとを愛してゆくための

  ただの疲労であったと

 

    詩集「見えない配達夫」(茨木のり子、1957年、飯塚書店)

 

       *      *      *

 

 フランスには、美しくあるためには苦しむこと Il faut souffrir pour être belle. という諺があると、習ったことがある。

 美と苦しみ。どちらも貴いもの。たぶん、似ているのだと思う。愛しているとき、あるいは耐えているとき、乗り越えようとしているとき、いつのまにかふりつもるもの。

 似ているのではなく、同じものなのかもしれない。

共にあること

 共にあることのよろこびを 今かみしめている

 美しい心と共にあることの

 かけがえのない時間

 あなたの再生の時間

 オルゴールの響きの中で

 幾重にもふり積もった 思い出せない記憶の中で

 泣き笑い 悲しみ

 何度も生きなおして

 これはここにあるよろこび

 生まれたてのよろこび

 

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(キラキラ)

L'Éternité (永遠)

   L'Éternité                  Arthurs Rimbaud

 

 Elle est retrouvée.

 Quoi? ― L'Éternité.

 C'est la mer allée

 Avec le soleil.

 

 Âme sentinelle,

 Murmurons l'aveu

 De la nuit si nulle

 Et du jour en feu.

 

 Des humains suffrages,

 Des communs élans

 Là tu te dégages

 Et voles selon.

 

 Puisque de vous seules,

 Braise de satin,

 Le Devoir s'exhale

 Sans qu'on dise : enfin.

 

 Là pas d'espérance,

 Nul orietur.

 Science avec patience,

 Le supplice est sûr.

 

 Elle set retrouvée.

 Quoi? ― L'éternitée.

 C'est la mer allée

 Avec le soleil.

                                                        Mai 1872

 

      *      *      *

 

   永遠                アルチュール・ランボー

 

 見つけたよ

 何を? ー永遠を

 それは太陽と

 溶けあった海

 

 見張り台の魂よ

 空虚な夜の

 焔の昼の

 告白の声を聴こう

 

 君は 世間の

 賞讃からも 熱情からも

 解き放たれて

 思いのままに飛んで行く

 

 君たちは独りでいるから

 サテンの燠火のように

 やるべきことが

 たちまち迸り出る

 

 希望はなく

 僅かな光も見えない

 学問と忍耐

 責苦こそが必定だ

 

 見つけたよ

 何を? ―永遠を

 それは太陽に

 溶けあった海

 

      *      *      *

 

 太陽と海、昼と夜、熱狂と静寂、そして何かとても純粋なもの。

 彼の言うように、世間の評判などどうでも良い。思いのままに、光や闇の促しのままに進んでいったら良い。

 詩を書くには、私たちに宿る〈生命そのもの〉を描くには、苦しみが必定だ。大切な何かを大切に保持すること。

 私たちは永遠を生きていると知ること。

初夏

 大家族が離散の日 4号ほどの油絵がいちまい

 私へのわけまえになった 持ち物がほとんどない私は

 絵を壁にかけると 引っ越しは終ってしまった

 絵の中には飯茶碗と汁椀だけが置かれ そこは朝なのだった

 空気の気配で私にはそれが分かる

 食卓の縁も皿や小鉢も見えない 簡素で唐突な絵

 それでも目を凝らすと

 白い茶碗のうち側に かすかに窓が映っている

 絵にはない窓がその部屋のどこかにあるのだ

 私が決して見ることのない その古い窓の外を誰か通り過ぎていく

 私が会うことのないその人は 早い夏の服を着て

 絵のずっと奥へ消えていく

 あまり遠くて 足音も聞こえない

 

              小柳玲子詩集『夜の小さな標』(花神社、2007)

 

       *      *      *

 

 初夏を感じる。新しい部屋と、強くなってきた日差し、緑。

「簡素で唐突な絵」のなかに「かすかに」映る窓が誘うもの。わたしたちの人生のあちらこちらに見え隠れしていた、もうひとつの世界への入り口。あのときの陥穽。憧れ。

 

 

やさしい青空に

 詩人の心の美しさに引き付けられる。なぜこのようにあたたかく、清らかなのだろう。

 〈功業にみちて、だが詩人のように

   人間はこの地上に住む〉

 明日の糧のために土地を耕す農夫が、空を見上げ、語ることなく、額の汗を拭う。向こうの木立から、鳥たちの囁きが聞こえる。彼はその声を聴き、また聴かずに、動作を進める。木立の彼方には教会があり、奏でられる音が空に溶け入る。功業にみちて、彼は在り、また、永遠なる今を生きる。

 

   やさしい青空に…                     ヘルダーリン

 

 やさしい青空に咲く

 青銅屋根の教会の塔。その

 まわりを燕の声が飛びまわる。それを

 心にしみる空の青が包んでいる。

 太陽は高空をかなたへとわたり行き、今 金属屋根を金色に染める。

 中空で風信旗の鶏が 風に

 静かな声をあげている。その時誰かが

 鐘の下を あの階段を下りてくると、

 そこには静謐なる生がうまれる。そして

 その姿が強く際立って見えるとき、

 そのとき人間の造形性があらわになる。

 鐘の音が鳴り出るあの窓は

 美に至る門のよう。というのも

 門はなお自然のままにあるゆえに、それは

 森の木々に似通う。浄らかさは

 けだし、また美しさ。

 内部の多様からは厳粛な霊が 生まれ出る。

 その姿はいかに単純とはいえ、その

 神聖さのあまり しばしば まことに

 それを叙べるのも憚からる。だが天上の者らは

 常に善良なる者として、皆共に 豊かなる者らのように

 この美徳と喜びにあずかる。人間も

 それに倣ってよいのだ。

 生が労苦のみから成るものなら、人間は

 上を見上げ そうしてこう言ってよいのだ、あのように

 我もまたあらんかと。然り。友情が

 浄らかなままに なお心にあり続ける限り、人間は

 もはや不幸な者でなく、

 神に匹敵する者なのだ。神は知られざる者か。

 それとも大空のように開示されし者か。こちらだと

 私は思う。それは人間の尺度なのだ。

 功業にみちて、だが詩人のように

 人間はこの地上に住む。なにしろ

 冴えわたった夜空の星たちですらも、

 そう言ってよければ、神の似姿と言われる

 人間ほどには 浄らかでないのだから。

 

 (後略)

 

 『ハイデッガー全集 第39巻』(木下康光、ハインリッヒ・トレチアック訳、創文社)より、詩の一部を抜粋。

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