介助

彼岸花

 入浴介助をしているときに、利用者のある翁から聞いた。

 「彼岸花はよく田んぼの畦道に咲いていますね。なぜだろうと思って調べたら、かつては飢饉のときのための非常食として畦道に植えられたのだそうです」

 球根(麟茎)にはデンプンが含まれ、水に晒して食用としたという。ただし有毒であるため、すりつぶし、十分に水で晒して毒抜きをしないといけないらしい。

 また、有毒であるため、土竜や鼠から畦道を守る目的で植えられたとも。墓場に多いのは遺体を動物から守るためでもあったらしい。

 大分にいた頃、棚田の畦道に一斉に咲き誇っていたのを覚えている。とても美しい光景として。

 

 それにしても話題の豊富な方で、いろんなことを教えてもらっている。

 少年の頃は、朝まだ暗い時に強盗提灯(がんどうぢょうちん:小さな、ブリキの筒の中に蝋燭を灯す簡易の灯り、今の懐中電灯の代わり)を持って蝉取りに行かれたことなど。なにより、その方のお人柄が素敵なのだと思う。

 私には有難い体験である。

015
(もうお彼岸ですね)

 

ユマニチュード l'humanitude

 本田美和子,イヴ・ジネスト,ロゼット・マレスコッティ(2014).ユマニチュード入門.医学書院

 DVD(2014).ユマニチュード-優しさを伝えるケア技術.医学書院

 人として接することで、子が人になるように、人として接することで、認知症高齢者は人としての生を取り戻す。そこにあるのは、優しさの方法論である。

 人として接するとは、絆をつくっていくことである。

 あなたのそばには私がいます、だから安心してくださいと、言っている。

 「あなた」にわかるように、安心してもらえるように、ケアを尽くす。

 見る(視線を捉まえる)、話す(わかるように説明する)、触れる(安心を共有する)、そして立つ(能動を促す)。なぜそうするのか、根拠がわかっていることが重要である。わかっているからこそ、ケアができる(無意識にわかっている人もいる)。

 意味が剥落するから、意味を与え続ける。すぐに忘れがちであるから、話しかけ続ける。愛情を失いがちだから、愛を出し続ける。それが絆をつくっていくこと。

 優しく、ゆっくり、静かに、歌うように。

 私たちに必要なのは、「あなた」のことを思い続けること。

 「あなた」が大切に育ててきたたくさんのものに、一つ一つ気づいていくこと。

 絆を手放さないこと。

 いつまでもいっしょにいること。

http://www.youtube.com/watch?v=yUs-8-w86LM

http://www.youtube.com/watch?v=viC378BmxTc

004

(夕日と桜)

 

 

愛を出せ

 松尾キヌエさんが淳一さん美和さんから「愛を出」すことを教えてもらったように、私も松尾キヌエさんの本を読んで、多くのことを教わった。

 〈……以前の母ちゃんだったら、この子等のために夜もろくろく眠れずにどうしてこんな子が生まれたのだろうと思っていました。今は違います。この子等が母ちゃんを愛深くしてくれた。愛することを教えてくれました。以前の母ちゃんは愛の足りない女でした。この子等が私に『愛を出せ、愛を出せ』と言って磨いてくれます。子供に対してばかりでなく、父ちゃんに対しても全ての人々に対しても、母ちゃんは変わりました。相手の気持ちになって考えて上げられるようになりました。淳ちゃんと美和ちゃんのおかげで、人並の愛深い母ちゃんにならせて頂きました。淳ちゃんと美和ちゃんを両手にしっかり抱いて生きて行きましょう。どんな小さな虫喰い花でもいいから立派に咲かせましょう〉

                          松尾キヌエ『あなた達を産んでよかった!』より

 愛を出すとは?

 人との関わりの中で生まれる相手への思いを、自分の中に育むこと。それこそが私を生かしているものであることに、無意識に気づくこと。

 秘宝のように、守り育むこと。

 相手への思いは、時間とともに深化する。それを行動に移す際、立居振舞の中に完全に昇華させること。

 更に熟成させること。愛が自然で自由な行動となるよう、心に拡散させること、青いみずうみのように静かであること。

 相手を思うこと。

 相手を心底思うこと。私の心の奥底でその人を感じとること。私の中を、その人の笑顔でいっぱいにすること。

 その人は私に多くのことを教え促してくれる。私の知らない世界を雄弁に語ってくれる。

 他者からの語りかけは純粋な喜びである。

 それらを聞きとること。聞きとったことをまた返すこと。

 私のためではなく、その人のために。

021

(Pierre de Ronsard)

 

 

田の客

 90歳の方の介助をしていている。

 物知りな方で、いろんな話題を提供される。

 「外で蛙が鳴いていましたよ」と言うと、もう蛙が鳴くようになったか、と驚かれ、さらに「蛙はたんぎゃくって言いよったです。田の客という意味でしょうかな」と仰った。

 なるほど、「田の客」とは面白い。蛙を敬っているようで、ユーモラスで優しい感じがする。

 調べてみると、古来蛙のことを谷蟆(たにぐく、たにかこ、たんがく)と言っていたらしい。

 〈白雲の 龍田の山の 露霜(つゆしも)に 色づく時に うち越えて 旅行く公は 五百重(いほへ)山 い去(い)きさくみ 敵(あた)守(まも)る 筑紫に至り 山の極(そき) 野の極(そき)見よと 伴の部(へ)を 班(あか)ち遣(つかは)し 山彦(やまひこ)の 答へむ極(きは)み 谷蟇(たにくぐ)の さ渡る極(きは)み 国形(くにかた)を 見し給ひて 冬こもり 春さり行かば 飛ぶ鳥の 早く来まさね 龍田道の 丘辺(をかへ)の道に 丹(に)つつじの 薫(にほは)む時の 桜花 咲きなむ時に 山たづの 迎(むか)へ参(ま)ゐ出(で)む 君が来まさば〉    高橋連蟲麻呂(万葉集巻六)

 「くぐ」「ぐく」は、谷間を潜(くぐ)り渡る、地を潜る、蛙の鳴き声とも言われている。

 私も、5月初めの深夜に幾度か谷を渡ったとき、蛙の声が静寂に響き渡っていたのを覚えている(萩往還マラニック250kmの部)

 たにぐく→たんがく→たんぎゃくと考えられるが、先の翁のように田の客ととった方が擬人的で楽しい。

 またいろんなお話をお聞きしたい。

020

(わが家の入口にて)   

あなたの心を与えなさい

 4月から働かせてもらうことになった介護事業所の壁に、次の文章がさりげなく架けてあった。

 

 〈親切で慈しみ深くありなさい

 あなたに出会った人が誰でも

 前よりも、もっと気持ちよく

 明るくなって帰るようにしなさい

 親切があなたの表情に

 まなざしに、微笑みに

 暖かく声をかける言葉にあらわれるように

 子供にも貧しい人にも

 苦しんでいる孤独な人すべてに

 いつでも喜びにあふれた笑顔を向けなさい

 世話するのでなく

 あなたの心を与えなさい

                                           マザー・テレサ〉

 

 すべてがよい言葉だと感じられるのだが、とくに最後の2行にハッとさせられた。

 世話をするのではないということ。してあげているのではなく、させてもらっているということ。その感謝の気持ちを相手に伝えなさいということだと、私には感じられる。

 相手に、伝えきれないこともあると思う。そのせいで、うまくいかないと感じられることもあると思う。それでも、伝わることを信じて、伝えなさいということだと思う。

 そうして、心をよりそわせること。

 私のすべてを尽くして。私を超えて。私を無くしてしまって。

 いまここがすべての、この時に、この場所で。

 何があっても、想いつづけ、信じつづけること。

 それだけのために、身体を使い、生きている気がする。

 相手がいなくなったとしても、それでも相手への感謝の気持ちは変わらないと、私は思う。

 たぶん、私たちは永遠に生きているのだ。

020

(熊本に来て初めて咲いた、うちのガーベラ)

 

 

あきらめない

 認知症フォーラム あきらめない (2月8日 ホルトホール大分にて)

 認知症の原因疾患は、アルツハイマー型50%、血管性20%、レビー小体型20%、その他(前頭側頭型など)10%で、それぞれの症状をよく理解しておくことが大切。

 例えば、アルツハイマー型では、同じことを言ったり聞いたりする、同じものを買ってきて冷蔵庫がいっぱいになる、お金の計算ができなくなる、慣れた道でも迷ってしまう、など。

 血管性では、意欲や自発性がなくなる、情動失禁(急に泣く)、イライラしたり怒りやすくなる、など。

 レビー小体型では、ありありとした幻視、歩行障害や体の震え、認知機能の変動、など。

 前頭側頭型(ピック病も含まれる)では、食行動の異常、同じ行動をくりかえす、抑制が効かない、わが道を行く行動、など。

 薬も以前に比べ随分有効になってきた。ドネペジル(アリセプト)、ガランタミン(レミニール)、リバスチグミン(イクセロン)、メマンチン(メマリー)、抑肝散(漢方)など。

 中核症状は、記憶障害、見当識障害、判断力低下、実行機能障害。

 周辺症状は、不安、焦燥、抑うつ、暴言暴力、徘徊、妄想など。

          *          *          *

 さて、私たちはどのように対応するか。

 見つめること、その人そのものを理解すること(パーソンセンタードケア)、生活歴を知り、考え方(生き方)を理解する、つまり「よりそう」こと。

 触れること(手当て)、安心してもらうこと。

 物とられ妄想は、比較的初期に出てくるけれど、その不安感を共有すること。

 徘徊される時期には、ここに居てもいいのですよという、居場所、安心感をもってもらえるよう心がけること。

 うまくいかないときは、視点を変えること、その人との関係づくりに配慮すること。

 発せられる言葉の表面に捉われるのではなく、もっと深いところによりそうこと。

          *          *          *

 Humanitude という方法も、見つめること、話しかけること、触れること、立つことを、4つの基本としている。つまり、その人そものを大切にすること。

 そのためにも、症状や薬、生活のことなどを知ること。

 いっしょに、同じ場所に居ること。

https://www.ninchisho-forum.com/forum/

006

(いつも、いっしょに)

自立とはなにか

 自立とは、ほどよい依存関係のことである。

 何かに依存しすぎるのではなく、また離れてしまっているのでもない状態のこと。

 例えば経済。お金の出入りがスムーズであること。お金は無いと困るけれど、それを得ることを目的にするなら、そこに囚われているため、自立しているとは言えない。

 例えば家族や友人。いろんなことを話し合い、支え合って生活しているのが自立。たまに喧嘩をするのも自立。紆余曲折もあり、次第にお互いを尊重するようになる。

 大切にされなくてはいけないのは「私の生命」なのだけれど、「私」とは、私と他者との関わりにおいて形成される何ものかである。だから「私」は他者との関わりを大切にしようとする。触れ合う物たち、人たちのすべてを。

 それらを大切にすることが、自立することである。

 自分の思い通りに、人を動かそうとする人がいる。それだと、大切な何かを見失うことになるかもしれない。見失っているから、とも言える。

 大切にするとは、関わりのなかで生成する「何か」を見つめ、育もうとすることである。それは私たちにとって未知なる何かであり、未知なるがゆえに、畏れ、またひたむきに愛そうともする。困惑し、翻弄されることがあったとしても、真理としての何かを見出そうとする。

 そのように人は生きる。介護においても、介護する人とされる人が、お互いに支えられながら生きているとき、その人たちは自立している。

 そこに流れはじめているものは何か。

003

(ぼくも自立しているわん)

アサーション・トレーニング2

 以前、平木典子(2009).アサーション・トレーニング.日本精神技術研究所 を読み、その感想を書いた。http://fleurs-au-vase-jaune.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-6bc7.html

 今回は、職員研修を行うにあたり、他にもいろんな本を読み、アサーションに関する理解を深めることができた(読んだ本を下に挙げる)。

 だが、実際に研修を行ってみると、言い足りないことが山ほどあることに気づかされた。

 今回の研修内容とは(1時間)

 1.導入として、アサーティブの説明(歴史など)

 2.具体例を挙げて解説(非主張的、攻撃的、アサーティブ、の違い~アサーション権)

 3.参考図書(引用文)の読み合わせを行い、解説(なぜ非主張的なのか~非合理的思い込みについて)

 4.簡単なロールプレイ(話し手と聞き手)

 本来は、もっと時間が必要なこと、また私自身が十分にアサーティブではないことをお断りしたうえで、上記内容を実施した。

 解説では、「なぜ非主張的(ノンアサーティブ)なのか」に的を絞った。

 自分が断ったら相手に悪いかもしれないとか、主張したら迷惑かもしれない、というのはあくまでも「私」の思いに過ぎず、本当はそうではないかもしれないし、結局は「私」の考えを押しつけているだけなのかもしれない。そういうことを話した。非合理的思い込みがコミュニケーションを不自由にしているとも語った。

 ロールプレイでは、ペアになってもらい、一方には最近印象に残ったことを話してもらい、他方は聴き、「それは○○ということですね」と返し、話の感想を述べてもらった。主張的(アサーティブ)であるとは、良く聴くことであるということを話した。

 研修として、まだまだ不十分であると感じる。司会が、もっと研鑽をつまなくてはと思う。

 また行おうと考えている。

 

参考図書:

土沼雅子(2012).自分らしい感情表現.日本精神技術研究所

森川早苗(2010).深く聴くための本.日本精神技術研究所

C.アンドレ著/高野優訳(2008).自己評価メソッド.紀伊国屋書店

菅沼憲治(2008).セルフアサーショントレーニング はじめの一歩.東京図書

菅沼憲治(2008).セルフアサーショントレーニング エクササイズ集.東京図書

小柳しげ子ら(2008).アサーティブトレーニングBOOK.新水社

大串亜由美(2007).アサーティブ――「自己主張」の技術.PHPビジネス新書

野末聖香ら(2002).ナースのためのアサーション.金子書房

002

(葉っぱの上はきもちいいわん)

心理によりそう

 2月2,3日と9,10日の4日間、大分県盲ろう者通訳介助員養成講座を受講した。

 とても良い講座だった。ここでは、内容の一つ一つを説明するより、自分にとってもっともためになったことを記しておこう。

 それは講師の杉浦節子さんからの一言。これから通訳介助を利用しようという時、どうすれば良いかわからないでいる盲ろう者に、どうしたら良いかをいっしょになって考えてあげられる通訳介助者であってください、ということ。

 それは心理によりそうこと。

 盲ろう者の人格を尊重する、それは当たり前である。状況説明も過不足なく、身体動作も臨機応変に、合理的に行う。

 その根底にあるのが、心理によりそうということ。

 利用者はいま何を感じ、考え、どうしたいのか? 何を不安に思い、何は問題でないのか? それらを感じとること、知ること。その能力を身につけることが、私たちに課されている。

 利用者の心理とは他者である。そこに近接し、対話を試みる、ともに歩んでみる、それは何と貴い瞬間なのだろう。

 思考を尽くし、利用者に「また外出したいな」と、感じてもらえる通訳介助者でありたい。

011

(この空の感じをどう伝えよう)

 

 

 

他者にありて

 介助という仕事をするときに心がけているのは、介助犬、盲導犬のようであること。

 利用者と同じ人間である分、犬たちよりは少し意思を汲み取れるかな、という感じ。

 利用者のバーバルな、あるいはノンバーバルな意思に添う、そのことで、少しでも役に立てるのが良い。それが基本で、それがすべて。

 気に入られようとするのではなく、心の声を聞くこと。敢えて言えば、「聴く」のではなく、実際に「聞く」こと。そこを目指す。

 利用者の意思(心の声)とは、「他者」である。ニーズ、とも言う。介助者、介護者は、そのニーズを聞く。その実現に身体と心を砕く。

 それは「癒す」のではなく、「癒される」過程である。

 譬えれば、画家が対象を画くように、対象の「何」を掴み取るまで、対象に添い、聞く。

 演奏家が、主題の「何」を感じとり、その音化に技術を傾注するように。

025

(はるやで!)

 

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