音楽

プレゼント SEKAI NO OWARI

 Nコン2015 中学校の部課題曲

 ‘プレゼント’ 作詞 Saori 作曲 Nakajin (SEKAI NO OWARI) 編曲 大田桜子

 旋律がきれいで、シンプル。

 出だしの、「知らない」という言葉の意味 間違えていたんだ~ を初めて聞いた時、カーペンターズ「青春の輝き(I need to be in love)」を思い出した。

 The hardest thing I've ever done is keep believing ...

 歌詞もわかりやすい。

 自分自身にその言葉を贈るよ~は、アンジェラ・アキ「手紙」が意識されているのかもしれない。

 いま君のいる世界が 辛くて泣きそうでも それさえもプレゼント~ がとても良い。

 水俣病の語り部、杉本栄子さんのお父さんの言葉を思い出す。

 「病気に罹ってきつか、死んでも死にきれんほどきつか

 いいか、水俣病は〈のさり〉と思え 人のいじめは海の時化と思え」(藤崎童士著『のさり――水俣漁師、杉本家の記憶より』

 「のさり」とは、天から授かった恵みを言う。嬉しいことも、辛いことも。そのようにとらえることが、見方を変えてくれ、また人に優しくなれる。

 くり返し聴いていると、一つ一つの言葉が訴えかけてくるのを感じる。純粋な何かを大切にしようとして、曲が紡がれているのだろう。

 この曲は、「平和」へのメッセージとして、とても良いと思う。

 今年のコンクールが楽しみ♪

https://www.youtube.com/watch?v=TTd3BWkAimM

004

(アントルメ)

青い童話

 作詞・作曲・うた 千秋

 NHK「みんなのうた」で2001年10-11月に放映されていた。

 千秋自身のことを歌っているよう、また、絵本を見ているよう。

 人は幼い頃の自分をいつまでも抱え持っている。

 小さく、弱く、頼りない自分を。

 自分の核の近くにあり、成長の過程においても無くならずにじっとしている。

 時々忘れたりするのだけれど、山道のお地蔵さんのように、ひそかに息づいている。

          *          *          *

 幼い頃に見た世界の色彩は鮮やかだ。

 なぜあの鮮やかさは年を重ねる毎に褪せてゆくのだろう?

 情感と重なり合っているせいかもしれない。

 幼い自分の中には、怒りや悲しみなどというように名づけることのできない、どこまでも広がっている情感があり、それが色彩と重なり合っている。

 だから、色は鮮烈で、深みを帯びている。それは世界そのものなのだから。

 「青い童話」もまた、小さな女の子に宿った未分化の情感に彩られている。

          *          *          *

 人は無意識に幼い頃の情感との対話を繰り返しているのかもしれない。

 それは克服されたり無くなったりするものではなく。いつまでも物語を生きている気がする。

 かたちなき、生(なま)の記憶として。

009
(ひらくかな?)

 

 

心に響く「何か」

 人と人との関係においては、ノン‐バーバル・コミュニケーションが大切である。2人の間にながれはじめる「何か」、それを感じ、いっしょに育てる。

 音楽を聴くときも、旋律、ハーモニー、音色だけではなく、感じられる「何か」が大切である。

 指揮者と演奏家の間、演奏家同士の間に生まれる呼吸、信頼のようなもの。

 一方が言わんとしていることを、他方が汲みとり、合わせようとすること、あるいは意想外の「何か」を生むこと。

 さらに言えば、演奏家たちの心、である。それが素直であると感じられるまでに洗練されていること。

 日々の音楽経験を通して、柔らかく、洗練されていること。

 それが響いて来る。

 それは、その場で響き合うだけでなく、どこか遠い、無限の場所へといざなってくれる。その場所は、いままで出合ったことのない場所のようで、どこか懐かしい感じのする場所でもある。

 出合ったことがないからこそ、懐かしいと感じられるのかもしれない。

 私たちはそれと触れ合うために存在している。

 いわゆる音楽だけでなく、何をしていても、どこにいても。

  https://www.youtube.com/watch?v=j_pmjAtVON4

002

(藤色が咲きはじめました)

第35回 ルベック定期演奏会

 今日、毎年恒例となっているビーコンプラザでのギター演奏会を聞きにいった。

 プログラムの表紙左上に小さく、「響き合う心 深まる絆」と書いてある。その通りの演奏会だった。もう35年も続いていて、私は第32回から聞いている。

 第1部では、指導されている方々、演奏者のみなさんの熱意が伝わってくるようだった。丁寧に、柔らかく音を出し、ときにユーモラスなアレンジも加わる。楽しいひと時だった。

 第2部、山口修さんのギターリサイタルは、もっともっと聞いていたいと感じた。演奏の合間の語りでは「私はギターに癒された」と仰っていたが、聞いている側も、癒された。心地よいメロディーは、何かを追究しているようで、その演奏は私たちをどこかへ運んでくれているようだった。

 運ばれた先はスペインだったかもしれない。もっと別の場所かもしれない。

 見知らぬ場所、だが懐かしい場所。この宇宙に、場所は無限にあり、そのどこかに、私たちは不意に降り立つ。そしてその度に何かしらの感慨を覚える。何度も聞いているはずの曲なのに、聞く毎に新しい場所に立つ。

 演奏家たちは、その旅を誘ってくれる。

 座席の3列前では、盲導犬が stay をして、時折り両耳を小さく動かしていた。何を聞いているのだろう? どの場所にいるのだろう?

 タクシーを呼んでいた時間が演奏のちょうど終わった時間だったので、急いで会場を後にした。余韻がまだ残っている。

048

(水平の彼方へ)

 

 

 

心をこめて 郡山第五中学校

 先日、Nコン全国大会中学校の部を聞いた。

 印象に残ったのは、郡山第五中学校の演奏。美しいハーモニーでもあるのだけれど、他の学校の演奏と違うのは、優しい歌声であること。

 なぜだろう。

 演奏前の学校紹介のVTRでは、練習のモットーは「誠実に努力し、限界を決めずにがんばること」と説明されていた。誠実に努力する、その通りなのだろう。

 最後に、生徒全員で「心をこめて歌います。どうぞ、お聞きください!」と締めくくっていた。誠実に努力することが、心をこめることに結びついている。イコール、である。

 何度聞いても、飽きるどころか、ますます優しい気持ちを感じるようになる。

 心がこめられているから。

 その努力をすることが、生きること。

 https://www.youtube.com/watch?v=ZF-1qO-Ygcw

010

(ハートをこめて)

 

ツル ノリヒロ

 妻が勉強している心理の先生の甥御さん。ヴァイオリン奏者。

 ピアノ、チェロ、ギター、ドラムスと共演されている。

 代表曲は Last Carnival。キム・ヨナさんも舞っていた。

 ジブリの曲も多く編曲されている。

 今度の秋に、中津市でコンサートを開かれるらしい。

 きれいな、優しい音色のなかに、秘められた情熱が感じられる。

 あるいは、遥かな大地と空の思念か。

 生の演奏を聴いてみたい。

 秋が、たのしみ!

 https://www.youtube.com/watch?v=zc7fdYSSvqQ&list=PL7805A93235575834&index=2

004

(a peafowl on the monkeypod 2013.6.2)

  

Ron Artis Family Band

 2013.6.3 in Haleiwa

 10人位で音楽活動、絵描きをやっているハワイ・ハレイワの家族を訪れ、演奏を聴かせてもらった。

 声も、音も、踊りも素晴らしい。何より笑顔がいい、みんなの性格がいい。

 ずっと聴いていたいと感じた。声が心に沁み込んできた。

 なんていい家族なんだろう!

 プロとしての音楽活動はしないのだと言う。

 もったいない気もするが、それで良いのだろう。

 演奏中、下の男の子(緑のジーンズの子)が踊っている傍から2匹の雛がピイピイと加わってきた。雛たちもメンバー?

 お姉さんの絵も、感性豊かで素晴らしい。対象を瞬時に絵で理解する才能を感じた。

 http://www.youtube.com/watch?v=JIcEAftYkfY

015

(みんな笑顔で)

 

桜吹雪

 3月31日(日)、久しぶりにコンサートを聴きに行った。

 演奏は竹内幸一さん、鉄輪のライブハウス「竹の里」にて。

 沖縄の音楽と、ディズニーの音楽、そしてギター二重奏。

 童神~天の子守唄、安里屋ユンタ、黄金の花、涙そうそう、島人ぬ宝、ハイ・ホー、愛を感じて、ララルー、美女と野獣、ベベディ・バビディ・ブー、対話風小二重奏曲第2番作品34-2、アンクラージュマン作品34。

 2年前の5月にも、同じ場所で、同じ演奏家の音楽を聴いた。

 優しい演奏だと感じる。一つ一つの音が心に届いてくる。強風の舞う外の世界とは違い、和やかな雰囲気の中で、時が穏やかに過ぎていく。

 演奏会が終わり、外に出た。満開の桜がそこここを明るく染めている。舞う花びらたちに惹かれて、木の下へ。観光客らに交じって、写真を撮る。

 今日、演奏会を開いてくれたから、いまここの風花に出会えた、その偶然、邂逅に不思議な縁を感じる。

 synchronicity 共時性の贈り物。

 constellation 星のような、花びらの運行。

 いまここの僥倖。

 日が翳り、風は冷たさを運んでくるけれど、あたたかな感覚がいつまでも内外にに浮遊する。

 この記憶はいつまでも残るだろう。

 いくつもの時を超えて。

https://www.youtube.com/watch?v=cD0R2w1GU9o

005

(鉄輪の空の下で) 

生きてこそ

 今日の「NHKのど自慢」(岩手県大船渡市)で、19番の助産師志望の女性が歌った曲。1度聞いて良いと感じた。

 (2005年、作詩:玉城千春、作曲:Kiroro、編曲:重実徹)

 「ママ 私が生まれた日の 空はどんな色

 パパ 私が生まれた日の 気持ちはどうだった?」

 と、はじまる。そのはじまりの風景が広く澄んでいて、世界が祝福されている感じがする。生きているとは何に触れること? 何と対話すること? そういう問いかけを促す広がりがある。

 さまざまな出会いを受け入れて、数多の困難に心を砕きながら、私たちは生きている。それが、生きることである。

 「生きてこそ 生きてこそ その根は深く 太く 強く」

 と、おわる。深く実感される言葉である。「生きてこそ」と聞く毎に、異なった情景が現われ、異なった意味が感じられる。

 それは、けっして「生きたい」と言っているのではなく、生きているとはそういうことなのだと、論理的に語られている気がする。

 それははじまること

 それは空の色を感じること

 それは気持ちをたしかめること

 それはキセキを重ねること

 それは無限に羽ばたくこと

 それは拡がってつながること

 「青のじゅもん」、「未来へ」同様、素直な歌声の中にいろんな思いが秘められていて、それらがしっかり心に届いてくる。

http://www.youtube.com/watch?v=PrRyJBo7VEw

012

(おもちのようにふくらんだ光)

 

指原莉乃さん

 人気アイドルグループに大分出身の子がいると聞いた。AKB48というグループ。昨年末のNHK紅白で見た時は印象に残らなかった。

 なぜ人気があるのか? 歌がうまいとは言えない、踊りも、外見も、楽曲ももう一つ。

 大分の子は指原莉乃さん。市の観光大使になったと、報道されていた。何度か見た限りでは、「一生懸命さ」が、先ず伝わって来る。それと「親しみやすさ」が感じられる。

 アイドル、というと「憧れ」というイメージがあったが、彼女の場合は、それよりかなり「近い」ところに「存在」が感じられる。そこら辺にいる子、というより、「同じ場所にいる子」。何かしらあたたかな感触。たとえば誰かが彼女に悩みを打ち明けたとしたら。うん、うん。いっしょに考えてくれる気がする。気持ちの優しい子。

 一方で、彼女とは、本人が意識するしないに関わらず「枠を超えようとする存在」だと感じられる。

 既成の枠を超えようとする。ここにいてはいけない、いまある自分を変えたい、そういう思念がずっと彼女の根底にあって、そこから言葉が発せられている。

 歌も踊りもうまくない、でも(だからこそ)、空の手で懸命にがんばる。

 いまの時代、世の中のことを、私はよくは知らないのだが、彼女のような存在は、とても大切な何かに触れさせてくれる気がする。その何かとは、「今」を超える力。

 先日、博多で活動を始めた同じ系列の別グループに移ったらしい。プロデューサー自身も、彼女の「枠を超えようとする」力に気づいているのかもしれない。

https://www.youtube.com/watch?v=cS4EpKZZBqg

201204270521001

(別府湾の朝 日出ひじ方面)

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