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牛乳を注ぐ女

 何世紀も前、デルフトでのことだよ、母さん、覚えてる?

 あなたは画家のヨハネス・フェルメールの家で、壷からミルクを注いでいる

 画家にはカタリーナ・ボルネスという名の妻がいて

 彼女の母親はマリア・ティンスという名の意地の悪い女だった

 その母親には少しばかり頭のおかしい息子もいた

 僕の記憶が確かなら、名前はヴィレム

 彼はメリー・ヘリッツを犯してしまった

 いまその哀れな召使がドアを開ける

 母さん、あなたのためにだよ

 あなたは隅のテーブルに近寄ると

 壷から光の粒子、ミルクを注ぐ

 あなたの家族の牛がデルフトの濃い緑の絨毯、牧草で育んだミルクを。

 国立美術館で僕が夢見たように

 ヨハネス・フェルメールはあの壁、真鍮、カゴ、パン

 あなたの腕を、ミルクで白く塗るだろう

 絵画の虚構の世界では光は窓から注ぎ込んでいるけれど。

 フェルメールの光は何世紀にもわたる謎

 神の手が描き出した、言いようがないほど見事なあの光は

 コウモリが飛び回る時間に

 まだ暗い牛小屋であなたのために搾られたミルクなのだ。

 

     *     *     *

 

 マヌエル・リバスの短編集『蝶の舌』(角川書店, 2001年)の 「牛乳を注ぐ女」に挿入されている、「僕」が書いた詩。短編のなかで、「僕」はフェルメールの「牛乳を注ぐ女」に「ミルクの滴同士が似ているほど」そっくりな母親にこの詩を読んで聞かせる。フェルメールの美しい光とは、(あなたの)日々の苦労なのだと、言いたかったのだろうか。

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