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掃除婦のための手引書

 ルシア・ベルリン(2015)/岸本佐知子(2019).掃除婦のための手引書.講談社

《神よ 変えることのできないものを受け入れる心の平穏を 我に与えたまえ》p.11

〈わたしは訳もわからず無性に腹が立った。自分でも意外なことに、わたしは彼女という人が好きになりはじめていた、彼女の愚直で純粋な一生懸命さや、あきらめの悪さが……ただ彼女はわたしにやりたくないことをさせたがり、わたしはそれをやりたくない自分、世界にはびこる不平等なんかどうでもいいと思ってしまう自分を悪者のように感じた〉p.109 ルシア・ベルリン「いいと悪い」

〈だれも何が起こったか知らなかった。ほかの子たちは彼女がいなくなって喜んだ。授業はみんな自習になった――おかげで私たちはアメリカの大学に入ってから、アメリカ史を自分ででっち上げなければならなくなってしまったけれど。わたしには話す相手がいなかった。ごめんなさいと言う相手が〉p.114

〈だがベニテスの右膝がマットに触れた。ほんの一瞬のことだった。カトリックの信者がちょっと跪いてから退席するように。けれどもそのわずかな恭順のしぐさが戦いの終わりを告げていた。ベニテスは負けた。カルロッタはささやくように言った。「お願い神さま、どうかあたしを助けて」〉p.145「ステップ」

〈彼女は無言だった。だが死が彼女に作用しているのが私にはわかった。死には癒しの力がある。死は人に許すことを教え、独りぼっちで死ぬのはいやだと気づかせる〉p.168 「喪の仕事」

〈ママ、あなたはどこにいても、誰にでも、何にでも、醜さと悪を見いだした。狂っていたの、それとも見えすぎていた? どちらにしても、あなたみたいになるのは耐えられない。わたしはいま恐れている……だんだん美しいものや正しいものを感じられなくなっていくようで〉p.175 「苦しみの殿堂」

〈家に着くと、パパはあなたが寝つくまで枕元で物語を読み聞かせた。素晴らしい物語だとあなたは涙を流した。悲しいからではなく美しいから、そして世界中の何もかもが醜く安っぽいから〉p.176

 何かが、ある種の平衡を保とうとして、物語は綴られているように感じる。

 それは作者の心の中で輝きたいと願っている美しさと正さだ。

 否応なく語り出されてしまうもの、悲しみ。

〈死には手引き書がない。どうすればいいのか,何が起こるのか,誰も教えてくれない〉p.183

〈いま思いだすと可笑しいけれど、そのときは母が胸が破れるみたいに泣いて泣いて、すこしも可笑しくなかった。そっと肩に触れると、母はびくっと身を引いた。触られるのが嫌なのだ。だからわたしは窓の網戸から射しこむ街灯の光のなか、ただ母を見ていた。泣いている母を。ママはまったくの独りぼっちだった、ちょうどいま、同じように泣く妹のサリーがまったくの独りぼっちなように〉p.185-186

〈サリーの死だけではない。ロドニー・キングとあの暴動いらい、わたしの祖国も死にかけている。世界のいたるところに怒りと絶望がある〉p.200 「ソー・ロング」

 世界に蔓延しているもの。それに触れていること。

〈サリ―が静かに泣いている。「かわいそうに、かわいそうに」そう言っている。「もう一度だけママと話せたら。すごく愛してるって、ママに伝えられたら」わたしは……わたしにそんな優しさはない〉p.212「ママ」

《いいか、もし誰かのことを憎く思ったら、その人のために祈ることだ。やってみればわかるさ。そしてメイミーのために祈りながら、ときどきは家の手伝いもしてあげろ。お前みたいな可愛げのないガキんちょでも好きになる理由を、メイミーに作ってやらなきゃ》p.230「沈黙」

〈奴はマサイの戦士みたいに見えるときもあれば、ブッダかマヤの神かと思うときもあった。じっと動かず、まばたき一つせずに三十分でも立っていた。神のごとき静かな無関心が、彼にはあった。我ながら言ってることがイカれたたわごとみたいだがな。とにかく、奴は何かふしぎな作用を周囲にもたらした〉p.239「さあ土曜日だ」

〈今までの人生で、”正面ポーチ”ではなく“裏のポーチ”にいたことが、はたして何度あっただろう? わたしに向かって発せられたのに聞きそこねた、どんな言葉があっただろう? 気づかずに過ぎてしまった、どんな愛があっただろう?〉p.273-274「巣に帰る」

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