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灯台へ To the Lighthouse

Virginia Woolf(1927)・御輿哲也(2004).灯台へ.岩波文庫

〈争いや仲たがい、意見の相違や存在の織り糸fiber of beingにまで染みついた偏見――こうした問題を、いかに早くから子どもたちが抱えこんでしまうことか、とラムジー夫人は嘆いた〉p.16

〈確かに夫人のまわりにはいつも何かがあった。時によっていろいろな印象を受けたが、どういうわけか絶えず彼の気持ちを高揚させたり取り乱させたりする何かがあったのだ〉p.20-21

〈そう、頭の中の構想と実際の作業とを結ぶこの細道は、幼い子にとっての真っ暗な夜道と同じくらい恐怖心をそそるものだった。こういう気分に見舞われるのは珍しいことではなかった。とても勝ち目がなさそうな状況の中で、リリーは勇気を振りしぼって「でもわたしにはこう見える、こう見えるのよ」と叫ぼうとする。だが目には見えない無数の力が押し寄せてきて彼女のヴィジョンを奪い去り、もぎ取ろうとするので、彼女にできるのは、せめてそのヴィジョンの無残な残骸を胸に抱きしめることだけだった〉p.35

〈すると楽しさではなく、なにか言い知れぬ寂しさが襲ってきた……彼方に広がる眺めは、それを見る者よりはるかに長い生命をもっていて、やがてすっかり静まった大地を見下ろすはずの天空と、すでに静かに対話を始めているような気配があるからだろう〉p.38

〈一方でそのような感覚に押し流されつつも、他方バンクス氏の存在のエッセンスが、そこに霧のように立ち昇るのを見届けた気もした。彼女は自ら知覚したものの激しさ、強さに圧倒されたが、それはバンクス氏のこの上なく厳格で善良な姿にほかならなかった〉p.44

〈ちょうど陽光の中を飛んできた鳥の翼が静かに閉じるとき、羽の青さが明るい鋼色から柔らかな紫に変わることがあるように、夫人の周囲のすべてが静まりかえり、柔らかく折りたたまれていくような気配がした……こんなに悲しそうな顔があったろうか。陽光のあたる明るい場所から深淵まで届く暗い立杭の中ほどに、苦く黒く、たぶん一滴の涙が生まれる。涙は落ちる。水は、あちらへこちらへと揺れながら涙を受けとめ、やがて静まった。こんなに悲しそうな顔があったろうか……持ち前の純粋な精神で、小石のようにまっすぐ、小鳥のように的確に目指した所に向かうや、彼女の魂は、またたく間に舞い降りて獲物を捕らえる手際のよさで、一直線に真実をつかみ取ってみせるかのようだった〉p.51-53

〈それは蒸留され不純物を取り除かれた愛他だ、とキャンバスを動かすふりをしながら彼女は思う、決して対象をわしづかみにしようとはせず、ちょうど数学者が記号に対して、詩人が言葉に対して抱く愛にも似て、人々の間に広く長く伝えられ、やがて人間全体の財産の一部と化しうるような、そんな愛なのだろう〉p.87

〈リリーはやっとの思いで顔をあげたが、夫人はリリーが何を笑っていたのかは全く知らず、それでもその場を支配していた。ただ、片意地な様子はすっかり姿を消して、その代わり、厚い雲が途切れた時に姿を見せる澄みきった空間のようなもの、月のそばで静かに眠る小さな空の切れ端のようなたたずまいが感じられた〉p.92-93

〈でも絵は見られてしまった、手からもぎ取られたような気分だ。この人は、わたしの心の奥にある内密なものを分けもつことになった〉p.98

〈考えること,いや考えることでさえなく,ただ黙って一人になること。すると日ごろの自分のあり方や行動,きらきら輝き,響き合いながら広がっていたすべてのものが,ゆっくり姿を消していく。やがて厳かな感じとともに,自分が本来の自分に帰っていくような,他人には見えない楔形をした暗闇の芯になるような,そんな気がする。相変わらずすわって編物を続けながら,夫人はこんなふうに自分の存在を感じていた。そしてこの隠れた自分は,余分なもの一切を脱ぎ捨てているので自由に未知の冒険に乗り出すこともできそうだった〉p.115

〈外見の下は黒々として、果てしなく広くどこまでも深い。それでも時折は表面に浮き上がって顔を出すこともあるので、まわりの皆には、それが自分だと思われるのだろう。わたしにとって、世界の広さは無限なのだ。見たことのない場所が数多含まれる。インドの大平原もあれば、ローマの教会の分厚い革のカーテンをくぐる自分を想像することもできる……そこには自由があり平穏さがあって、さらに歓迎すべきことに、何かすべてを一つにまとめ上げる力、安心感に支えられたくつろぎにも似た気分が感じられた〉p.116

〈あれはわたしの光だ〉p.117

〈木々や流れや花など――に心が傾き、それらが自分を表わしているような気がしてくる。それらは自分をよく知っていて、ある意味では自分の一部のようにも思え(彼女は灯台の長くしっかりした光に目をやった)、うまく説明できないが、それらに対して自分に対するのと同じような優しい気持ちになるのだ〉p.118

〈自分の子どもの頃を思い返してみると、きっとローズくらいの歳の女の子が母親に対して抱く特別な感情というのがあって、それは深く静かに埋もれた感情、うまく言葉にならない気持ちなのだろう〉p.151

〈こうして心の中の思いと実際にやっていること――スープをよそうこと――のギャップに思わず眉をしかめつつ、夫人はますます強く,自分が渦の外にいるのを感じた。あるいは何か影が降りかかり、多様な色彩が奪われて、もののあるがままの姿が見えてきたようでもあった〉p.156

〈そしてリリーは、このわくわくするような気持ちは何のせいだろうと考えて、夕方ラムジー夫妻とともにテニスコートにいた時、突然何か堅い実体が溶け去って、広漠とした空間が身の回りに広がった気がしたことを思い出した〉p.183

〈その大気は皆を包んで、確実にそこにあった。そしてそれは、と夫人は、特に柔らかい部分をバンクス氏の皿に盛りながら感じた、どこか永遠を思わせるものだ……こういった瞬間の体験から、と彼女は思う、後々まで残るようなものが産み出されるはずだ。今、手にした思いもきっと残るだろう……物事の核心、中心のまわりにはとても静かで穏やかな空間があるものだ〉p.197-198

〈まるで意識の仕切り壁がとても薄くなり、事実上(それはほっとするような幸福感となったが)すべてが一つの大きな流れに溶け込んでいき、たとえば椅子もテーブルも、夫人のものでありつつ彼らのものでもあり、あるいはもはや誰のものでもないような気がした。ポールとミンタは、わたしが死んだ後も、きっとこの流れを引き継いでくれることだろう〉p.214

〈わたしには求めているものがある――その何かのためにここに来たのだ。そしてそれが何なのかもわからないまま、彼女は目を閉じて、さらに奥へと降りていった。編物を続け、思いをめぐらせながら、しばらく待っていると、やがて夕食のテーブルで聞いた詩の一節「バラは盛りの花を咲かせ、黄蜂は辺りを忙しく舞う」がゆっくり蘇えり、リズムに乗って彼女の心の岸辺を洗い始めた。それにつれて一つ一つの言葉が、赤や青青や黄色の笠をつけた小さなランプのように、心の暗がりの中で輝きだし、さらには小鳥のように止まり木を離れて飛び回り、高い声で鳴いては心地よいこだまを響かせ始めもしたのだ〉p.224

〈それは生命そのもの、あるいは生命の持つ力であり、思わず夫に膝を打たせたのも、人間の情感の持つ途方もない力に他ならなかったはずだ〉p.226

〈まるで虚無を相手に冗談でも言っているかのように〉p.240

〈……秋の木々は、黄金色の月の光の下でひっそりと輝く。それは収穫期の満月の光であり、人々の働く力を熟させ、切り株を滑らかにし、打ち寄せる波を青く染め上げる光なのだ。

人間の悔悟とその労苦にあえぐさまに心打たれて神がとばりを開かれ、その奥にあるものを、ほんの少しわれわれに示されたかのようだった〉p.244

〈たとえば肉体が風に舞い散る原子の群れと化し、無数の星が彼らの心にきらめき、崖も海も雲も空も、心の中の断片的なヴィジョンを目に見える形にまとめ上げるべく、たがいに寄り添うように結ばれ合う――そんな不思議なイメージだった。この済んだ鏡ともいうべき人間の心、絶えず雲が行き交い影が横切る不安な水をたたえた池のような人間の精神の中には、いつも夢がうずくまり続けていた〉p.252-253

〈自然は人間が推し進めることを、手助けしてくれるだろうか? 人が手掛けたことを、完成に導いてくれるだろうか? むしろ、いつも同じような平静さで、自然は人間の悲惨を見つめ、その卑小さを許容し、その苦痛を黙認してきた。とすれば、そんな自然と何かを分かち合い、完成させようとしたり、一人で浜辺に出て、そこに何らかの答えを見出そうとする夢は、いわば心の鏡に映る空しい影のようなものではなかったか? そしてその鏡自体が、より気高い力が奥で眠っている間に静かに生み出された、表面だけのなめらかな輝きにすぎないのではあるまいか?〉p.256-267

〈しかし、何かある力が働こうとしていた――それは、自分の役割をはっきりとは意識していない何か、横目でにらみつけ、よろめき歩く何か、だった〉p.268

 〈まるで物事をつなぎとめていた絆が切り果てて、いろいろな物が、わけもなくあちらこちらへと漂っているかのようだ。何の目的もなく、混沌としていて、まったく現実感がない〉p.281-282

〈夫人は何でもない瞬間から、いつまでも心に残るものを作り上げた(絵画という別の領域でリリーがやろうとしていたように)――これはやはり一つの啓示なのだと思う。混沌の只中に確かな形が生み出され、絶え間なく過ぎゆき流れゆくものさえ(彼女は雲が流れ、木の葉が震えるのを見ていた)、しっかりとした動かぬものに変わる。人生がここに立ち止まりますように――そう夫人は念じたのだ〉p.311

〈つい最近までは、夫人のことを思い出しても何の問題もなかった。幽霊であれ空気であれ無そのものであれ、要するに昼でも夜でもたやすく安心して向きあえるもの――いわば夫人はそういう存在だったのだ。ところが、それが急に手を伸ばしてきて、今のように激しく心臓を絞めつけるのだ〉p.346

〈こんななぐり描きでさえ、そこに現実に描かれたものより、それが表わそうとしたものゆえに、きっと「永遠に残る」はずだ〉p.347-348

〈なぜってわたしを取り巻くこの水には、はかり知れないほどの深さがあるのだから。この水の中には、実にたくさんの生命が注ぎ込まれている。ラムジー夫妻の生命や子どもの生命、その他ありとあらゆる日常の雑多なものの寄せ集めが〉p.374

〈だが本当につかみたいのは、神経の受ける衝撃そのもの、何かになる以前のものそれ自体なのだ。とにかくそれをつかまえて始めからやり直そう、つかまえてやり直すんだ〉p.376

          *         *          *

 夢の世界のように、何でもないことの描写がくり返され、ふいにラムジー夫人の心(あるいは作者の心?)が映し出される。広く清浄で、洞窟のようなそれは、人々の内面をも映し出すスクリーンのよう。その光は、さまざまな心の襞を干渉により通り抜け、陰影を際立たせる。描写の一つ一つが親密で心地よい。生きる過程で心のなかに造形されるやさしさや悲しみ、思考を辿りなおし、解し、より広大な場所に至る流れに誘っているよう。そこここに生命のあたたかさが感じられた。

 

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