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すべての見えない光 All the Light We Cannot See

Anthony Doerr(2014)/藤井光(2016).すべての見えない光.新潮社

〈彼女の胸のなかでは巨大ななにか、熱望に満ちたなにか、恐れを知らないなにかが脈打っている〉p.48

 第二次大戦下、マリー=ロールとヴェルナー、フレデリックたちの物語。

〈そして今、あの日光、一億年前の日光が、今夜はきみの家を暖めている……家々はもやになり、炭鉱はふさがり、煙突は揃って倒れ、古代の海が通りにあふれ出し、空気からは可能性が流れ出す〉p.50

〈修道士のように、必要とするものはつつましく、現世の義務からはすっかり切り離されている。それでも、彼女にはわかる。彼を襲う恐れは、巨大で、多様で、心で脈打つ恐怖が感じられそうなほどだ。あかたも、なにかのけものが吹きかける息が津根に心の窓に当たっているかのように〉p.161

〈ときおり、暗闇のなかで、ヴェルナーは思う。もしかすると、地下室自体にかすかな光があるのかもしれない。もしかすると、瓦礫から光が発せられていて、地上で八月の太陽が夕暮れに近づくにつれて、地下にもわずかに赤みが差しているのかもしれない〉p.215

 場面の切替わりが早い、映画を観ているようだ。「私たちが見ることのできない光」の一つは石炭だ。太古の光を摂って生きた植物の化石、その光。「炎の海」にひそむもの。

 的確な比喩表現が、情景の細部を浮かび上がらせる。

〈シュルプフォルタの少年たちがどこへ行こうとも抱えていく象徴的な炎、国家の炉床を燃え上がらせる、純粋な炎の大杯について〉p.219

〈部屋は静まり返る。フレデリックの窓の外にある木々には、異邦の光がかかっている。「ヴェルナー、きみの問題はさ」とフレデリックは言う。「きみがまだ自分の人生を信じていることなんだ」〉p.227

〈だれもが自分の役割に囚われている。孤児、士官候補生、フレデリック、フォルクハイマー、上階に住むユダヤ人女性。ユッタでさえも〉p.232

 理解するとは、身体を遥かに超えて、宇宙ごとわかること。それは、世界が根底から変わること。

〈崇高さとはなにかわかるか、ペニヒ? ……あるものが、別のものに変わろうとする瞬間のことだ。昼が夜に、青虫が蝶に、小鹿が牡鹿に〉p.249

〈天使たちのなかにひとりだけ混じった人食い鬼、墓石の原を夜に渡っていく管理人〉p.251

〈生とは一種の腐敗ではないのか。ひとりの子どもが生まれると、世界はそれに取りかかる。その子どもからさまざまなものを奪い、あるいは詰めこむ。食べ物のひと口、目に入る光の粒子〉p.287

〈外の世界には、無数の避難所が待っている。鮮やかな緑色の風に満ちた庭、生け垣の王国、蝶が花の蜜のことだけを考えて漂う、森の深い陰。彼女はどこにも行くことができない〉p.305

〈数学的に言えば、光はすべて目に見えないのだよ〉p.367

〈電池はもう一日、ふたりに雑音を与えてくれる。あるいは、もう一日の光を。だが、ライフルを使うときに、光は必要ないだろう〉p.377

〈主よ我らが神よあなたの恩寵は浄罪の炎なり〉p.379

〈目を閉じること、それは盲目であることをなにも教えてはくれない空や顔や建物でできた世界の下には、よりむき出しで、古い世界があり、そこでは表面がばらばらになり、音は無数の帯になって空中を流れる〉p.386

〈最上階の、ホテルでも一番いいと思われる部屋で、彼は六角形の浴槽のなかに立ち、手のひらの付け根で窓から汚れを拭き取る。空に浮かぶいくつかの種が風で渦巻き、家々のあいだにある影の峡谷に落ちていく〉p.399

〈ぼくらには選ぶ権利なんかないよ、人生は自分のものじゃないんだ〉p.402

〈欲に踊るこうした連中は、異なる重圧の下で必死にもがいている。だが、ここでの捕食者はフォン・ルンペンのほうだ。我慢強くいさえすればいい。障害物をひとつひとつ取り除くのだ〉p.405

〈ヴェルナー、視力を失ったとき、わたしはみんなから勇敢だと言われたわ。父さんがいなくなったときも、勇敢だと言われた。でも、それは勇敢さとは違う。ほかにどうしようもなかったのよ。朝に起きて、自分の人生を生きているの。あなただってそうでしょう?〉p.459

〈月が輝き、膨らむ。ちぎれた雲が、木々の上空を飛んでいく。いたるところで木の葉が舞っている。だが、月光は風にも動じることなく、雲や空気を抜け、ありえないと思えるほどゆっくりとした、冷静な筋になっている。倒れかけた草にかかっている。

 風はどうして光を動かさないのだろう〉p.474

〈あのころは……善人でいるのは簡単ではなかったですから〉p.505

 

〈彼にはほんのわずかな存在感しかなかった。一本の羽毛と一緒に部屋にいるようなものだった。だが、彼の魂は、生まれつきのやさしさに輝いていたのではなかっただろうか〉p.506

〈だとすると、魂もそうした道を移動するのかもしれないと信じるのは、それほど難しいことだろうか……空気は生きたすべての生命、発せられたすべての文章の書庫にして記録であり、送信されたすべての言葉が、その内側でこだましつづけているのだとしたら〉p.518 

〈彼女は思う。一時間が過ぎるごとに、戦争の記憶を持つだれかが、世界から落ちて消えていく。

 わたしたちは、草になってまた立ち上がる。花になって。歌になって〉p.518

 光とは何だろう? 一億年前の植物たちが自身に封じこめためぐみ、遠くにいる人と人をつなぐ希望、ヴェルナーの心を領した夜のきらめくもの、夢見るフレッデのまわりにひろがるためらいとあたたかさ、マリー=ロールの世界をかたちづくっている記憶、目に見えないものすべて。いやおうなく、戦いに巻きこまれ、生き方を変えられてしまうけれど、彼らの本質であるやさしさは変わらず心に在りつづける。それがマリー=ロールを救うことになる……光とは、人のやさしさなのかもしれない。

 

 

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