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2018年1月

人間ではないものの意思に生きる

 AI、ロボットの進化、宇宙開拓…。人間は、人間の意思を超える何かを欲している。

 それとの親和を求めている。

 個のレベルで言えば、私が私でないと感じられる地点を、私は求めている。あるいは、私がそこにあるとき、私は生きていると言える。

 「私」だけではなく、「人間」でも同じことが言える。

 人間は、人間の意思を超えた何かに触れているとき、生きている。

 何かとは、未知なるものである。絶対他者である。

 それは生命の根源である。

 触れている、そのことを大切にすべきである。

 「我を忘れる」とよく人は言う。私以外のすべてと一体になっている状態である。そのすべてを大切にしている時間のことである。

 高山辰雄が「アミーバーの心」と言い、清宮質文が「オバケ」と言ったものである。

 対象によりそうときも、対象を超えた何かに触れようとしている。対象といっしょに考える、対象の可能性を感じとろうとする、対象を動かそうとしている力の方へ私をシフトする、促されようとして傍にいる。

 そのために人は生きている。

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(あれは何山?)

 

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