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純化

 生きるとは純化である。

 生まれた時に連れて来た異物を、生きる途中で否応なく纏ってしまう思念を、一つ一つ剥がしていく。

 

 それは他者になることである。

 私は私ではなく、見知らぬ何かである。

 その感じ方のうちに、無限の可能性が開かれている。

 私は私を知らない。それは知りうる何かではなく、また捕捉されるものでもない。

 

 死とは生への希いである。

 死にたいのは、生きたいから。

 死につづけるのは新たに生きるため。

 死とは矛盾するあれこれを受け止めること。

 それは他者になること。

001

(日々の生まれ変わり)

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