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聖なるもの

 表層(表現)に出てこようとしないもの。創造に加担しようとしないもの。

 しかし確実に在る。

 表層(この世)に出てこないから、聖なるものとされる。出てこないから、支配的にふるまう。一切の生を促している。

 だが力及ばぬゆえ、この世の恣意にかき消される。

 それに気づくもの、その尊さに耳を傾けるものがこの世に在ることが、何より必要である。

 あるいは自らそうであろうとすること。

 そのために自在であること、聖なるものの意のままに――必然(自然)の意味。

 怒りのように、時に荒れ狂うのもまた、故なきこと。在ることの矛盾は自覚されていよう。

 雨風に揺れる木々のように、急流に身を翻す魚のように、存在のかたちのまま、聖なるものに向き合う(ボードレール風にいえば、酔うこと)。

 対話とは、相手に成ろうとすること――共有されるのは、聖なるもの。

 私は私ではない何かである。だからこそ、私は存在する。

 「おたく花してはりますねぇ、わたし人間してます」と対話されるのは、ある意識が共有されているから。仰ぎ見、気づかれた世界の鮮烈。

 それと共に在り続けること。

 見知らぬ地からの風を感じていること。

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(花してます♪)

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