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論理

 死とは生きようとする力である。

 私の中にある生命を感じてみよう。その核にある(ない)ものが死である。

 生きようとするそれは、発現のかたちをつねに模索している。

 それは無限の可能性である。

 可能性は夢を見ている。今あるそれを否定しつくしてなお生まれる思念を捕捉しようとする。その営みを論理と呼ぼう。

 植物に花が咲くこと、実が生ること、繰り返されること、別のかたちが生じること。一切は論理である。

 だからつねに論理とともにある。

 その閃きに酔い、不条理を受け入れる。

 望むのではなく、心を傾ける、砕く。変容に生きる。

 私の死を対象の動きにシフトさせる。拾い集め、纏い、晒され、すべてを感じとろうとする。それは人の営み。

 千たび死に(生き)、なお論理の生成を見守る。

 可能な限り意識を拡げ、どこまでも深化させる。人の存在理由である。

 この世が生まれる前まで遡り、生まれない(生まれたくない)可能性を感じとる。

 帰還し続ける。

 見たことのない風景に出合おうとして、自らを否定する。

 死が生に満ちてこそ、生は輝く。

001

(大切な命)

 

 

 

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