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2014年1月

真理のために

 〈新奇な事柄を理解しなくてもよい。だが、忍耐と努力と順序をつくし、自分のすべてを注ぎこんで、明白な真理の理解に達しようとつとめること。

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 信仰の諸段階。いちばん平凡な真理でも、たましい全体にしみこんで行くとき、啓示に似たものとなる〉 シモーヌ・ヴェイユ

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 理解しようとするとき、先に想像しないこと。大切なのはそのものを見つめること、見つめることによって浮かび上がってくる真理を掬うこと。

 見出される時を待つ。そのものの動こうとする方向に、私をシフトさせる。そのとき、目に見えない波長が気配として感じられる。物は、順序を必要とする。その「時」の推移の中にともにあること。即する、という真理。

 犯罪者は社会に必要なのだろうか? 罪を犯すものは、そのことの責め苦において、自らは贖われているのだろうか? 連鎖を止めない者は、何を背負おうとしているのか? 背負うことで生きようとする、しかし顧慮が欠けている。欠けているからこそ、気づくことなく連鎖に入る。自らを責めたてるが如く。

 ならば、再生の道を辿らせること。来た道を見つめること。見つめれば、自ずと真理は浮かび上がる。再び生かすこと、生きる道があることを知らせること。罪を犯さなくても、責め苦に喘がなくても生きる道があることを知らせること。それは平和への道。

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(江津湖の畔)

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