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恩寵について

 〈創造は、重力の下降作用、恩寵の上昇作用、それに自乗された恩寵の下降作用とから成り立っている〉 シモーヌ・ヴェイユ著 渡辺義愛訳『重力と恩寵』より

 「重力」は自然の力、「恩寵」は超自然の力である。

 どちらも、私たちの内部に生まれるのではなく、外部からやってくる。

 「恩寵」に触れていること、あるいはそれであること。

 それは「真空」を受け入れること、「真空」を何かで満たそうとしないこと。

 それが生きることの意味だと、感じる。

 しかし「恩寵」は求められるものではない。それを感じることはできるし、感じられるときのよろこびも記憶されるのだが、得ようとして得られるものではない。あるとき不意にやってくるものだ。多くは苦しみののちに。だから、「美しくあるためには苦しまなくてはいけない」という諺も生まれた。

 「真空」を受け入れるとは、代償を求めないこと。対象に即して生きることをいう。

 当たり前のことなのだけれど。

 対象に即するとき、対象の痛みも引き受けることになる。それは辛い時間なのだが、それでも対象自身の苦しみは、私のそれとは比較にならないだろう。即する、共感すると、言葉で言えても、またそのような努力をしても、いずれも過不足は残る。

 そのような努力をすることが尊いことである。

 しないことは、罪なことである。「だから」するのでは、しかし、「恩寵」を求めるのと同じで、本末が転倒している。

 生きる(創造する)とは、「真空」を受け入れていること。

 刻一刻が、その営みにある。

035

(Rainbow Shower)

 

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