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ツナグ

 2012年 「ツナグ制作委員会」

 主人公歩美(松坂桃李)が、祖母アイ子(樹木希林)から「ツナグ」(生者と死者をつなぐ使者)の役を継承する前、使者を呼ぶ場面を目にして口にする言葉がある。

 死者は、生きていた時の記憶をかき集めて作られたかのようだ、と。

 そこには歩美の解釈が入っている。再会は生者の都合ではないかという。

 しかも、ここに出てくる死者たちは優しい。

 再会により、生者は死者に力を与えられる。事故死した親友の御園奈津に再会した嵐美砂でさえ、会った後は苦しみに号泣していたにもかかわらず、後悔はなく、成長を果たしている。

 それらは、生きている者の都合ではないか?

 しかし、生者の都合ではないと、歩美は気づく。死者は、会いたくなければ会わなくて済むのだから。

 人は生きているのではなく、生かされている。さまざまな艱難辛苦とともに。死者はそれを知っているからこそ、生者に優しくすることができる。

 だから、いつもよりそっている。

 私たちは、「死者は私たちのなかで生きている」と、よく耳にする。たしかに、いまある私たちは、死者たちに支えれれて生きている。それと意識するしないにかかわらず。

 支えられている、そのつながり方を、幾つかの短い物語を通して、この映画は例示している。

 そこにあるつながりの回路を、「私たち」はもっと大切にしていいのだと。

 そこから、生者どうしの支え方、つながり方もまた見えてくる。

 私たちはどのようにつながろうとしているか。

http://www.tsunagu-movie.net/04chara/index.html

044

(海の向こうの丘の上の夕日 honolulu)

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