« ツナグ | トップページ | 心をこめて 郡山第五中学校 »

詩を読む会(36)

 2ヶ月に1回(偶数月最後の土曜日)に、詩を読む会を開いている。今日、いつものように、午後1時半から別府市ふれあい広場「サザンクロス」で開催した。

 読まれた詩の一部を紹介しよう。

          *          *          *

  ひよめき

                                   征矢 泰子

 すこしずつすこしずつ

 閉じながらしずんでゆくわたしのなか

 そこだけ閉じきれないひよめきがあって

 そこだけいつまでもやわらかくときめいて

 ひたすら待ちつづけるひよめきがあって

 くらしの知恵も社会のしきたりも

 このよの損得も見栄も外聞も

 そこだけ見のがしてしまったひよめきがあって

 そこだけいつまでもひよわくきずつきながら

 執拗に待っているのだ

 触れたその刹那にだけわかる

 生まれてきたほんとうの理由(わけ)をみるまでは

 けっして閉じまいとそこだけひらいている

 ちいさなひよめきが あるのだった

          *          *          *

 

                                   水島 英己

 みちすじということばに立ち止まる。

 深い井戸を覗く女のそれ、

 水俣の悲惨とシチリアの光が出会う河口を目指して

 歩きつづけた女のそれ、

 果てない海から生まれる一条の水脈

 青空を切り裂く飛行機雲

 みちすじはまた二つのもの、ときには正反対で異質に見えるものも

 エミリーの「嵐の夜」と「エデンの園」を

 死と生を結びつける、始まりと終わりを

 罪と官能をその金色のほそい髪で結ぶ。

 みちすじはかなしみに似ている

 かつて、そのとき、何かが

 わたしをいざない、その道に立ち止まらせたのだから。

          *          *          *

  

                                   塔 和子

 あそこは暗かった

 あそこで食べたのは

 木の根の汁だけ

 あそこは長かった

 もう明るみに出る日ないかと思った

 なんと明るいのだここは

 思い切り声を出して暮らせる日が来ると

 あの長い年月

 考えられもしなかった

 大勢の仲間と

 好きなだけ声が出せる

 声が出せることがこんなにすばらしいことだとは

 知らなかった

 あそこでは

 言いたいことがあっても

 じいっとがまんしていた

 声を出しても

 回りからふさがれたものだ

 ああ

 太陽をいっぱい受けて

 愛し合って

 産んで

 祈って

 ここは緑と光の楽園

 あの暗かった季節に

 こんなすばらしい日が訪れるなんて

 いかなる摂理によるものだろう

 三日の命だってかまやしない

 いまは

 生きている感動にふるえる目を

 かっと見ひらいていよう

          *          *          *

 ほかに、井坂洋子「山犬記」、詩集『悪母島の魔術師』(連詩 新藤凉子 河津聖恵 三角みづ紀)、ヘルダーリン、ランボーなどを紹介した。

 参加者からは、詩にふれることで心がおちつく、いろんなことを深く考えさせられる、等の言葉が聞かれた。

 この一文はどんな意味だろうと、あれこれ意見し合うことで、良い時間が共有できたのだろうと思う。

006

(どこにいるかな)

 

 

 

« ツナグ | トップページ | 心をこめて 郡山第五中学校 »

詩を読む」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/391404/53731750

この記事へのトラックバック一覧です: 詩を読む会(36):

« ツナグ | トップページ | 心をこめて 郡山第五中学校 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ