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2013年7月

救い

 〈自分の救いをのぞむのはよくないことである。利己的だからいけないというわけではない(人間は自分の意のままにエゴイストになれるわけではないから)。むしろそうすることが、魂を充溢した存在に向けず、無条件に存在する善にも向けないで、個別的で偶有的な可能性にすぎないものに向けることになるからである〉(シモーヌ・ヴェイユ著/渡辺義愛訳『重力と恩寵』春秋社p.242より

 救いをのぞむ、あるいは物事が意のままに進むことをのぞむ心性を私は理解し得ない。

 その心性が、社会における「便利さ」、「豊かさ」を生んでいるのだろうか?

 神ののぞむように生きる。それは、私がすべてに対して開かれてあることを意味する。私がのぞむのではない、神がそれを欲しているのだ、と言ったのはマザー・テレサだったか。

 私の意図は存在しない。ただ、絶対他者なる何ものかの意図が存在するばかりだ。

 それに適うように、自分を整える、その絶えざる passion の中に、生命という、奇蹟のような何かが存在しはじめる。それが、生きるということ。

 ヴェイユの言うように、私たちは不可能な善をもとめている。

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(moonlight shower)

 

ツル ノリヒロ

 妻が勉強している心理の先生の甥御さん。ヴァイオリン奏者。

 ピアノ、チェロ、ギター、ドラムスと共演されている。

 代表曲は Last Carnival。キム・ヨナさんも舞っていた。

 ジブリの曲も多く編曲されている。

 今度の秋に、中津市でコンサートを開かれるらしい。

 きれいな、優しい音色のなかに、秘められた情熱が感じられる。

 あるいは、遥かな大地と空の思念か。

 生の演奏を聴いてみたい。

 秋が、たのしみ!

 https://www.youtube.com/watch?v=zc7fdYSSvqQ&list=PL7805A93235575834&index=2

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(a peafowl on the monkeypod 2013.6.2)

  

てんとろり

 笹井宏之(2011).てんとろり.書肆侃侃房

 笹井宏之の第2歌集。

 しずかに、しずかにこころに浸透してくるのは、伝わってくる思いの、私との近接性によるのか。

 

 月足らずで生まれたらしい弟を補うようにつきのひかりは

 

 冬空のたったひとりの理解者として雨傘をたたむ老人

 

 美しい名前のひとがゆっくりと砲丸投げの姿勢にはいる

 

 生きてゆく 返しきれないたくさんの恩を鞄につめて きちんと

 

 砂時計のなかを流れているものはすべてこまかい砂時計である

 

 こどもだとおもっていたら宿でした こんにちは、こどものような宿

 

 奪われてゆくのでしょうね 時とともに強い拙いまばゆいちから

 

 うつくしいみずのこぼれる左目と遠くの森を見つめる右目

 

 からだじゅうすきまだらけのひとなので風の鳴るのがとてもたのしい

 

 実像はここまでですあとはもう好きなところをお刺しください

  

 生きようと考えなおす さわがにが沢を渡ってゆくのがみえて

 

 わたしだけ道行くひとになれなくてポストのわきでくちをあけてる

 

 空のおおよそ半分ほどを占めているひかりの犬のうすい肉球

 

 大人には見えないものを渡されてひとり、優しいバス停に立つ

 

 たましいのやどらなかったことばにもきちんとおとむらいをだしてやる

 

 木の間より漏れくる光 祖父はさう、このやうに笑ふひとであった

 

 雨といふごくやはらかき弾丸がわが心象を貫きにけり

 

 花冷えの竜門峡を渡りゆくたつたひとつの風であるわれ

 

 読んでいて、比喩、つまり物の見方(生き方)に、解放される感じがする。彼に見える世界が、彼に生き方を教えるように、ことばが生まれ、生まれたことばが読み手のこころに拡がる。

 優しく、清らかなたましひである。

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(ハイビスカス 4000種類以上あるらしい)

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