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他者

 私と共に、私の意思とは無関係に存在する意思を「他者」と呼ぶ。

 それはこの宇宙に遍く存在しているのかもしれない。

 例えば、大学時代の私の師は死の刻に私の夢に現われたのだが、そのような、私にとって「不意の何か」である。

 ある春の日、桜の木の傍に立っていた時、その木から何かを語りかけられた。温かく、優しげなその声の主を、やはり「他者」と私は呼んでいる。

 また、大切なものは目に見えないんだよ、と言う時の「大切な何か」である。

 自己もまた、遍く拡がっている。しかし、自己には「それは私だ」と感じられる親しみやすさがあるのに対し、他者は決して姿を表そうとしない。

 さらに言えば、詩を書くとき、書いているのは私ではなく他者である。これは、詩作する者なら誰もが実感することだろう。

 大切な他者を育むことが、生きることである。

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(4.15 ウェル戸畑 にて)

 

 

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