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詩を読む会(32)

 戦争の頃の名もない人々の生を語り継ごうと、文を書かれている方が、その物語を読んでくださった。とても良いお話しだった。その文章も紹介したいけれど、まだ手書き原稿のようだったので、完成を待つことにしよう。

 詩は技巧ではない、その人の生き方そのものであると、今日改めて感じた。

 次回は6月29日(土)同じ場所で、同じ時間に開催予定。

 最後は征矢泰子詩集より

          *          *          *

   マザー・テレサに

 

 ひと目みたときから

 あなたは空っぽだった

 あなたはそこ テレビジョンの中にいて話しつづけ

 ときどき あたたかく微笑しさえしたが

 なおまぎれもなく

 あなたは空っぽだった

 なくしたのでなくこわしたのでなくあきらめたのでなく

 樹木が育っていくような果実が熟れていくような

 そのすこやかな空っぽの

 あなたのなかにもうあなたはいなかったので

 いつでもだれでもが

 あなたのなかにはいることができるのだった

 どうやって

 あなたと他者ひとを区別できよう

 あなたをみたしているのは

 いつもいっぱいの他者であるときに

 あなたははやあなたのものでなく

 あなたをもとめる他人々々ひとびとこそが

 あなただったので

 ひと目みたときから

 あなたは空っぽだった

 完璧な至福のように

 

 

   いちご

 

 なんという捨て鉢な天真爛漫であろう

 花から実へ実から果実へ

 みごもり熟れていくおのれの身かばうために

 薄い紙一重の果皮さえももたぬとは

 地にふれれば地のなりに

 葉におされればおされたなりに

 おのががかちさえあなたまかせの

 おまえの放恣にやわらかい果肉は

 初夏はつなつの午下り濃緑の葉かげ

 いつもたった今いきなりみつかった

 無防備なさみしさの身の赤さ

 

 

   空蝉

 

 たったいままで

 あのひとはわたしのなかにいた

 ひっそりとやわらかくあたたかくいきづいて

 あのひとはわたしをみたしていた

 あんまりぴったり

 あのひとはわたしのなかにいたので

 わたしにはあのひととじぶんとを

 くべつすることがきなかった

 けれど あのひとはふいに

 わたしのなかでみもだえた

 わたしを とじこめるおりのようにいおしのけた

 あれほどながいあいだわたしのなかで

 しずかにつつましくやすらいでいたことが

 まるでゆるしがたいかしつであるかのように

 あのひとはわたしを ひきさいた

 あっけなくわれたわたしの背に

 あつくまぶしい夏の光がふりそそぎ

 あのひとはゆっくりと

 わたしをぬぎすてていった

 わたしはもうみえずもうきこえない

 わたしのなかにいた

 あのひとこそがわたしだったのだと

 いまさらきづいてもおそいのだ

 わたしのなかを

 いま ぐんじょうの夏の風がふきぬける

 からっぽで いきてもいず かといって

 まだ しんでもいない

 わたしはだれ?

          *          *          *

 マザー・テレサに・・私は私の意思により行動しているのではないと、マザー・テレサは言っていた。神の意思に添うているだけなのだと。無私である、それが「空っぽ」ということである。「心の貧しい人は幸いである」という言葉も、同じ意味である。無私であること、まさに至福である。

 いちご・・一行目から引きこまれる。自身を庇う皮さえ持たずに生きている、そのことへの憧憬が描かれている。最後の「さみしさ」という言葉がとくに印象的である。

 空蝉・・空蝉の私が語っている。空っぽであることへの羨望がある。そうでなくてはいけないという切実な気持ちがある。私の中で何かが生まれる、それは私が空っぽであるからこそ。生みだす私とは何か?

012

(やわらかな光を浴びて)

 

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