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アミーバーの心

 「神と共に、神の前に、神なしに生きる」と、誰かが言っていたけれど。

 私は何と言おう、つねに私と共に在るそれを。

 生きるとはそれと共に在ることである。

 時間を超えていることである。

 過去は過去ではなく現在である。

 未来は未来ではなく現在である。

 波や風、夜、星は、ずっと以前からの宇宙の営みを湛えていて、そこにある生命そのものは時を超えて存在している。

 「亡くなった誰かがつねに傍にいる」という感覚と近いかもしれないが、そのような人格として在るのではないし、それは亡くなってもいない。

 その人をその人たらしめているものではなく、誰にも在るもの。

 日本画家の高山辰雄はこう言っていた。

 「原始時代よりもっともっと前から生物本然の何かと共通したあるもの。地上に生をうけた時の心、アミーバーの心とでも云いたいもの」

 「触れられるけれど、触れていると恐ろしい気がします。それでも私はそれをじっと見つめていたいのです」

 彼はそれを画きたがっていたし、たしかに画けていた。

 彼の画く道も、森も、空気も、菫も、白菜も、すべてがそれであった。

 (その意味ではリヒャルト・エルツェの画にも近似していた)

 ある人はそれを聖霊 spirits と呼ぶのかもしれない。

 それを護り、それと対話する。

 生はよろこびに満ちている。

013

(ゆふの丘プラザ)

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