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詩を読む会(26)

 つづけて持ち寄られた作品の紹介。

 次の詩は、岡山で中学校の英語の先生をされていた詩人、井元霧彦さんの詩集『人間の学校』より。

          *          *          *

  人間の学校 その24

 始祖鳥の肉の味はもう忘れた

 恐龍の肉の味ももう忘れた

 火の接吻

 火のような逆上を経て

 家族になって

 灯火の下に集まってみた

 

 あれからずっとやって来ている

 この世界の子供たち

 何千億のなかに

 わたしも入っている

 

 ただ今現在

 子供をしている物が

 このわたしに

 おいデブ

 おいブタ

 イモデブ

 デブは嫌いよ

 顔を見ながら笑っている

 豚はふとらせて食べるくせに

 わたしの突き出た腹に

 ゆっくりていねいにパンチをくり出し

 なんだこれは

 それが中学生の挨拶だ

  

  人間の学校 その26

 あなたは

 雪が音もせずはらりはらりと降る夜

 戸のない物置小屋の

 牛のための切り藁の中にもぐって

 叱られて家を追い出された口惜しさも忘れ

 振る雪のほかに考える人はだれもいない

 七歳の冬を眠ったことがありますか

 

 あなたは

 夜道を歩いたことがありますか

 山にかこまれた夜目に白い一本の道を

 灯のともる家々の窓を見ながら

 暗い水をたたえて光る水源の湖まで

 

 そして

 死ぬ勇気もないのに死にたがるふりをする自分を

 哀れに情けなく思ったことがありますか

 

 私はまだ十分な人間になれないので

 ときどき昔の少年を呼び出し

 涙とともに私の魂をいたわってやります

 

  人間の学校 その31

 とうとう妖怪になった

 学校のあちこち

 下足置場 校長室 職員便所 廊下 屋上

 私は妖怪になって

 楽しくゆったり遊べる場所をさがしてみた

 今日は敬老の日だれもいない

 昨日の授業中に

 勉強ぎらいの生徒が寝ころがっていた廊下に

 私も横になってみた

 冷たくて気分がよかった

 屋根に跳び移る真似もしようとしたが

 怖くてできなかった

 

 うちの子は学校へ行っているでしょうか まじめに授業を受けていますか

 学校は勉強しに行く所です

 ふつうに高校へ行ってほしいのです

 つっぱっても何の得にもならないのに

 先生 どうしたらよいのでしょう

 主人はまじめによく働く人ですのに

 

 学校へ行け 学校で勉強がわからなくなったら塾がある

 とにかく学校へは行きなさい

 と言われつづけて教室の中がいやなになった生徒は

 妖怪になって校内を彷徨うしかないのだ

 

          *          *          *

 こんな先生に習ってみたかったと、素直に思う。井元さんは人間を見ている。妖怪も見ている。哀しみを見ている。その彼に、中学の生徒が無邪気に笑いながら付き合っている。互いの人間を見て、うれしそうにしている。

002

(光のこどもたち)

 

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