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語りきれないこと

 鷲田清一(2012).語りきれないこと――危機と痛み学の哲学.角川学芸出版

 私たちはどういう世の中を創っていくのか。一人の思索者の感性が、ここに記されている。

 東日本大震災、福島原発事故の後に(あるいはずっと以前から)感じられていたことを語りかける。

 命とは何か、対話とは何か、地域とは何か。さまざまなことを考えさせてくれる。

 分かりやすい、というより共感できる文章である。

 数箇所を引用しよう。

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 〈「心のケア、お断り」――そんな貼り紙をしている避難所があると、知人から聞きました。「聴く」ことの専門家への不信が、こんな形で現れることもあるのですね。衝撃でした。

 ……阪神・淡路大震災のさなか精神科救急にあたり、その後も兵庫県心のケアセンターを拠点に「傷ついた心の回復」に尽くしてこられた加藤寛さんは、最相葉月さんとの共著『心のケア――阪神・淡路大震災から東北へ』のなかで、ケアにあたる者の心得として、「それ以上傷つけない」ことを最初にあげています。「何でもおっしゃっていいですよ」という言葉が、ときに相手の心に鎮めがたい氾濫を引き起こしかねないこと。けして相手に「被災者役割」を押しつけないこと。よくよく心すべきことだと思います。

 分かるというのは、ここにいる他者の気持ちを知りつくせないことを思い知ることでしょう。そういう限界を知ってなお、支援グループの来訪以外はご免こうむりたいという気持ちが、先の貼り紙には浮き出ていたのだと思います〉p.36-37

          *          *          *

 〈社会学者の内田隆三さんが書かれていたことですが、死を語るときに、生体か屍体かという二分法で考えないほうがいい。そうではなく、生体と屍体・遺体に、「死者」という三つ目のカテゴリーを入れて三分法で考えたほうがいい、と。そして命がなくなったときに、生体が屍体に変わるけれども、死者というのは、人が死んで初めて生まれるものだというのです。「死者として生まれる」ということです。

 その人との関係がじぶんのコアな部分を作っていた人を失ったとき、自分の一部をなくしたという大きな喪失感のなかでその人の死を受け入れるのは、以後、その人が死者としてわたしの語らいの相手になるということです。それが「死者として生まれ変わる」ということなのです〉p.43

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 〈ベッドタウン化して、いわゆるひらがなで書く「まち」や商店街が消え、高層マンションとアパート、スーパーなど流通の巨大施設だけで町が成り立って行ったときに、最初に消えたのは、おっちゃん、おばちゃんたちの、子どもたちを見ない振りをして見ている視線です。見るか見ないかという二者択一の視線しかなくなった。

 子どもにとって、ものすごく大きなことだと思います。大人が子どもの異変にめったに気付けない仕組みになったということでもある。子どもが都市の中で、子どもだけの世界に隔離されている。学校と家庭という空間、子どもが特別扱いされる空間でだけ、子どもは生活する。大人に混じって、もまれて生活することがなくなった〉p.80

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 〈わたしが自分の父親を介護するときに、「いい介護施設と悪い介護施設は、どうやったら入る前に見分けられる? 見学に行って、分かる?」と尋ねました。彼は、即座に「ああ、簡単です、大声のしない施設はオーケーです」と返してきた。普通は、スタッフの人が大声で「○○さん、ちょっと手伝って」とか言ったり、「ちょっとこっちは手が離せないから、かわりに行って」と指示する。

 でも彼によると、いい施設ではそういう声が起こらない。認知症を患っている患者さんがいたら、スタッフがケアをしなくても、他の患者さんがなぜか不思議に車いすで横をスーッと通りながら、「ご飯よ!」と声をかける。ときには刺々しいやりとりをしている老人どうしの緊張を溶かしてしまったりするような、小さなケアのかけらがいっぱい散らばっていて、それがうまく編まれている〉p.97

          *          *          *

 そこここにある痛み、途惑いを聞き、心に留めようとする著者の姿が見える。大切な役割だと思う。

004

(今日は晴れるかな)

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