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木漏れ日の家で Pora umierac

 2007年、ポーランド映画。主演アニェラ役は当時91歳の女優ダヌタ・シャフラルスカ。

 主人公アニェラ(91)は、緑に囲まれた2階建ての大きな古い家に愛犬フィラデルフィアと棲んでいる。映画の冒頭で、診察室に入るや女医に「脱いで横になって」と言われ、不躾さに腹を立てる。その表情、振舞だけで、彼女の人となりがわかる。

 他者への配慮を大切にする。凛とした表情、身のこなしも軽やか。年をとり、周囲の時の流れについていけない事に少し不安がある。古い家は、家族または不動産業者により人手に渡るかもしれない。もう十分生きたのだが、さあ、これから先をどう過ごすか。

 息子一家とこの家で暮らすことを提案するが、返事ははっきりしない。息子は生への信念がない。その娘(孫)も同様。甘やかして育ててしまったのか。後悔する。役人らしき(分からない)男2人が敷地に無断で入ってきて、庭を調べている。不作法な振舞に文句を言う。しばらくして隣家から家の取引が持ちかけられるが、隣人のことは好かない。代理でやって来た男を追い返す。

 2階の窓からは隣家と、その隣りの“子供たちのための音楽クラブ”の様子が見える。裕福ではない身なりの子供たちの踊る様子を見て、若い頃の自分の姿を思い出す。

 ある時、家をよじ登り窓辺にやって来たのは“シベリア”から来た“ドストエフスキー”という呼び名の少年だった(少年はドストエフスキーをロシアの画家だと思っているらしい)。スレた感じの、しかし心の純粋そうな少年に、彼女は少し心を開く。お互いに、何かを感じた。

 愛犬のフィラはいつも主人を気遣っているよう。彼女に何かを伝えたがっている。無垢な、優しい存在である。

 ある夜中に、フィラの吠える声で目を覚まされたアニェラが窓の外を見ると、息子夫婦が隣家の居間で何やら話をしているのが見える。家を出て車に乗り込むまでの息子と妻との会話が聞こえてくる。この家を息子は隣家に売ろうとしている、それを嫁は反対している。今まで気づかなかった。嫁にそそのかされていたのではなく、寧ろ彼女は良き配慮を行っていた。

 そして、アニェラは「イカれた」(彼女自身の言葉)決断をする。

 “子供たちのための音楽クラブ”に家を寄付する! 条件として、家の修理はクラブが負担すること、修理は内部にとどめること、彼女自身はその家に永住できること。

 「後悔しませんか?」(公証人、優しく)

 「後悔しません」(彼女、笑顔で)

 修理も済み、音楽道具が次々と運び込まれ、子供たちの歓声が聞こえる。ある少年が2階のアニェラにあたたかい紅茶を持って行く。何度ガラス戸をノックしても返事はない。椅子に座っている彼女の後ろ姿と、彼女を見守る愛犬が見える。少年は、愛犬の表情が悲しみを帯びていることにようやく気づき、ガラスに凭れて涙を流す。

 庭の木々は今まさに満開の花に覆われようとしていた。

 アニェラは最善を尽くして生きた。自身を「イカれた」と言い、庭のブランコを漕ぐ様子は、明るさに満ちていた。

 一つの尊い生である。見る者の心に、深く刻み込まれる生である。

http://www.youtube.com/watch?v=mS8Q388syZs

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(朝の陽光)

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