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2011年12月

〈いのち〉のメッセージ

 若林一美(2008).〈いのち〉のメッセージ.ナカニシヤ出版

 著者の若林氏は、大学で教育学を専攻され、「ちいさな風の会」(子を亡くした親の会・1988年設立)の世話人をされている。ここには、授業や相談を通して考え続けてこられたことが記されている。

 言葉がやさしく、飾りがない。スケッチをするように、対象に向き合い、共感をもって語られる。いじめ被害の体験から自己を肯定するにいたった人の話し、レイプ被害から自尊心をとり戻し、同じ被害に遭った人びとにやさしさを与えた人の話し、ごんぎつねの話し、ピーコさんの深い体験、シシリー・ソンダースの愛の話し、など。

 たとえば次のように、

 〈ロスは末期患者たちとの数多くの出会いを重ねるなかで、社会を変える力も、暗いトンネルを抜け出し光を見つける勇気も、すべて心のなかにある、という結論に至ったという。

 社会の仕組みに不都合を感じたら、それを感じた人が発言していかなければ、社会は変わっていかない。同じように、苦しんでいる人たちも、とてもつらいことではあるが、自分自身の恐れ、罪意識、恥じ、無力さ、打ち砕かれた自尊心といった見たくない自分自身の姿を認めることからしか新しい自分は始まっていかない。自分を信頼し、自分に誠実に向き合うことで、新しい道も開けてくる。

 自らの死を認めるなどということは容易なことではない。死という事実を認めることこそが敗北であり、それを認めてしまったらすべての希望が消え失せてしまうようでもある。しかしロスは末期患者たちとのインタビューをとおし、「希望」の中身は変わるかもしれないが、人は最後まで希望を持ちつづけるものだと確信しているという〉p.147

 この世がよりよい社会に変わっていくために、努力を続けた生を慈しみ、敬愛をもって描き出される。

Himeshima

(長崎鼻より姫島を臨む)

 

 

詩を読む会(12)

 残り4編をまとめて(詩と感想の紹介)

 

  リターン トゥ イノセンス

 生まれたばかりの赤子は

 誰もがパーフェクト

 光輝くエナジーに満ちている

 これから発揮するであろう

 使命 才能 無邪気に湛えている

 泣いても 拗ねても 叫んでも

 要求のまま 感情のおもむくままで 許されるのを

 おとなは 羨望のまなざしでみていたのだろう

 

 「すべて君の思いとおりにはいかないよ」

 おとなから教わるのは まず それなのだろう

 

 おとなは たくさんの欠け感を感じて これまで生きてきた

 そして

 自分より上のものから教わってきたことなら 間違いないと

 幼き子に 同じコトを 施す

 静かにしなければならない空間ならば

 「静かにしなさい」とだけ教えればいいはず

 なのに 「ダメな子」なんて 余計なことも言われてしまう

 幼き頃に言われた「ダメな子」

 いい年齢して引きずっていたりしている

  

 欠け感

 植えつけたり 植えつけられたり だったのだよ

 

 大自然の中には大自然の法則があって

 欠けさせられたものは めぐりめぐって 帰ってくるらしいよ

 最近 そのことに気づいて

 取り返す

 取り返す

 呪文を唱えれば

 生まれたばかりの頃のように

 エナジー 帰ってくる

 無邪気におもむくまま

 本当の自分が 本当なのだから

 

 感想・・欠け感とは、コンプレックスのこと。ピア・カウンセリングで学んだのと同じようなことが書いてあり、その時のことを思い出した。とても分かりやすく、共感できる。

 

 トンボよ

 それは足の指だよ

 でもそこで良いのなら

 動かないから

 安心して

 休んでゆけよ

          (星野富弘)

 

 感想・・同じ経験がある、僕も星野さんと同じ頚椎損傷で、シオカラトンボだった。私はセミだった。星野さんの詩は、教訓めいていなくて、感じたままを書いてあるところが良い。利用者さんの玄関に飾ってあった詩で、とても良いと感じたので持ってきた。 

 

  ありきたりではない

 トンネルに入るのは

 最短距離

 なのかもしれない

 

 出口は必ず

 あるよ

 今 暗くても

 

 いつかは

 この世界から

 抜け出せる

 だから

 まっすぐ進むのだ

 

 まぶしい世界が

 待っている

 

 そこは

 

 あなたが想像している

 ものと違う

 かもしれない

 答えは

 ありきたりではない

 

 感想・・なにかとても感じるものがある。「ありきたりではない」という言い方が良い(人はみんなちがう)。予想外の結果が、じつはとても素晴らしいものかもしれない。希望が、感じられる。トンネルは、出口を求める暗い道なのではなく、まっすぐだから最短距離、という考え方にハッとした。

 

  大きな家族 

 この大空は同じだよ

 晴れ渡る朝は 太陽が僕らに 燦々微笑んで

 静かな夜は 月と星達

 ビルより高い空から僕らを見つめている

 それは何処も同じさ

 地球を家に例えたら

 大空は大きな屋根で

 暮らす土地の違いは 寝起きする部屋違い

 ほらね そう思えたら孤独なんて無くなるよ

 

 感想・・今日は欠席で、詩だけ参加。自然な感じ、気持ちが良い。何かしらあたたかなものが伝わってくる。

043

(国東半島 真玉海岸)

 

 

 

詩を読む会(11)

 続けて(詩と感想の紹介)

 

  あなたへの想い 

 私にとって人生で2回目の彼氏とのクリスマス

 それは、とても大切

 

 お互いが相手に感謝し絆を深める日

 

 人によってクリスマスの過ごし方は違うけれど

 

 『私は、感謝の気持ち」

 

 私にとっては

 あなたとの出会いの中でどれだけ助けられどれだけ支えられたか

 私の中でどれだけ大きな存在なのか

 どれだけ私を必要としてくれているのかを改めて感じる日

 

 あなたに心配ばかりかけている私…

 あなたがどれだけ大きな人なのか…

 

 初めてあなたと出会い

 接していくうちに

 あなたの心の大きさなどいろんなことを感じるけれど

 

 一番思う事は

 『あなたの偉大さ…』

 

 どれだけみんながあなたを信頼しているのか

 どれだけ必要としているのか

 私にも周りにいる人達にも感じる

 

 私の手では死ぬまで届かない…

 遠い

 遠い

 遠い存在だったあなた

 そんなあなたが今では私の一番隣にいる

 

 不思議な出会いにより

 今では私はあなたの隣にいる人です

 

 そしてこれからも…

 

 感想・・とても素直に書かれていて良いと思う。世の中の詩は難しいのが多いけれど、こういう率直な詩が良い。詩を書くことによって、いろんな気ことに気づく、その気づきが大切だと思う。

 

  美しきもの

 アスファルトを貫く花無き蒲公英の萌芽

 真っ白なキャンバスを彩る無垢な瞳

 素顔のままの感情で微笑む生まれ来る生命

 穏やかな日常を守護する鮮やかな陽光

 

 瞬きの瞬間に垣間見える明日への衝動は

 閉ざされた瞼の裏に在る今日という現実をノックする

 

 慈愛に導かれた憤りの世界は

 自ら息をしなければ

 覚醒することを認めない

 

 唯一無二の存在であり続ける二人の絆は

 不変という輪の廻を巡りながら

 永久の想いを叫び続ける

 

 感想・・初めの4行に何かしら強いものを感じる。音楽的、リズムを意識した。愛の歌。ロックのような。最後の3行も良い。

021

(縁結びの神様)

 

詩を読む会(10)

 続けて(詩と感想の紹介)

 

  栄光なき兵士達に捧ぐ

 きみはいつも笑っていた

 黄ばんだ前歯はいつも乾いていた

 悲しいことなんてまるでひとつも知らないみたいに

 きみはいつも笑っていた

 

 とある夏の日の午後

 陽炎でぼやけた海岸線を僕と君はオートバイを走らせていた

 二人ともアルバイトをずる休みして

 生暖かい風が心地よく

 目的地まで後僅かのその時 突然の通り雨が

 僕らは鉄塔の影で雨宿りをした

 「やっぱ雨ぐらい降ってくれなきゃ張り合いないよな」

 君はそう言って笑うと、ポケットからしけた煙草を取り出し

 とても嬉しそうに火を点けるのだった

 

 行き先も分らず約束さえすることが出来ないくせに

 でっかい夢ばかり見ている僕らに

 「そんなんじゃだめだ」と誰もが言うけど

 僕らはただ楽しんでいたいだけなんだ

 「負けたくないのなら とにかく金を稼ぐ事だな

 話はそれからだ 青臭いガキどもめ!」

 そんな言葉に胸を痛める夜もあったけど

 僕らはただ笑いたいだけ

 心の底から笑いたいだけなのさ

 

 悪い予感と不安な未来に怯え続けるそんなタチの悪い日々

 なかなかベッドから起き上がろうとしない僕を叩き起こす着信音

 「今からまた旅に出るよ おまえも来ないか?」

 君は相変わらず元気な声でそういった

 そしてそれが最後に聞いた君の声だった

 

 君は帰って来なかった

 君は帰って来れなかった

 もう誰も行く事のできない道という道の果てへ

 たった一人で君は旅立ってしまった

 あの夏の午後のような

 陽炎でぼやけた路面の上を

 

 あれから数ヵ月後 不意につけたテレビニュースの中

 イラク兵の自爆テロにより死んだアメリカ人の名前が読み上げられた

 だけどニュースキャスターの誰一人として読み上げる事はなかった

 アメリカ人によって殺された イラク兵たちの名前を

 

 いつの日だって変わりはしない

 強いものが正しくて 弱いものが間違っているんだ

 そんな矛盾に頭を抱えるとき

 僕はいつだって君の笑顔を思い出す

 

 栄光なき兵士達よ あなた達はどんな地獄を目の当たりにしたというのか

 栄光なき兵士達よ あなた達はどんな楽園を思い描いていたというのか

 守るべきものは何だったのか 愛すべき人は誰だったのか

 もし、あなた達を敗北者と呼ぶのなら

 この世に勝者なんて一人もいない

 この世に勝者なんて一人もいないさ

 

 十二月 街はすっかり色気づき

 偽物のクリスマス・ツリーに 3分40秒のランプが溢れかえる

 もうまるで何年も前の出来事かのように 誰一人として語りだす奴はいない

 遠い空の下 たくさんの名もなき人達が死んだ事

 そして君の事を

 

 風に晒され 北極星さえ凍える夜

 どんな悲劇も過去というごみ箱の中 ひねって捨てられてしまう

 栄光なき兵士達よ どうか今夜僕に力を与えて

 今夜誰よりも大きな声で歌ってやりたいんだ

 栄光なき兵士達よ

 栄光なき兵士達よ

                                    (町田 直隆)

 

 感想・・散文的なのは朗読のために書かれたから? 「テレビニュース」としない方が良い、自国の報道とはそういう偏りをもつものだから。その報道の偏り自体が問われているのでは? 海外で起きた災害、事故、事件に際し、「日本人の生存者は…」という報道姿勢に違和感を覚える人は多い。

Nagasakibana

(国東半島 長崎鼻にて) 

 

詩を読む会(9)

 12月24日(土)午後1時半から4時まで、詩を読みましょう(第3回) を開いた。参加者は9名。自作の詩、好きな詩を持ち寄り、読み、感想を述べ合った。

 3回目となると、だいぶ要領がつかめて来たように思う。発表者は、持ってきた作品を読み、その感想や作品にかかわるエピソードを話す。発表者が話し終わってすぐは、「誰から話を切り出すのかな」という感じでちょっと間があるのだが、話し合っていくうちにそれぞれの感じ方、価値観が表れ、それが相互に浸透していくのが分かる。

 詩の朗読会、詩の勉強会というより、詩を通しての語らいの場になってきているように思う。互いの感じ方、考え方、詩作について、もっと深く知りたいという雰囲気が出てきている。その雰囲気を大切にしたいと思う。

 今回も、数回に分けて、寄せられた詩と感想を紹介する。

      *      *      *

  「きく」

 よろこびが集ったよりも

 悲しみが集った方が

 しあわせに近いような気がする

 

 強いものが集ったよりも

 弱いものが集った方が

 真実に近いような気がする

 

 しあわせが集ったよりも

 ふしあわせが集った方が

 愛に近いような気がする

                 (星野富弘 風の旅)

 

 

  あきらめるよりも

  信じることにかけてみる思いを

  抱きしめていたい

               T‐BORAN【離したくない】

 別れることを決めたのに

 このフレーズを聞いたら涙が出た

 結局別れられないんだから、仕方ないね

 

 感想・・中学生の頃、星野富弘さんのこの詩を読んで、とても感銘を受けた。この詩にある感覚を大切にしたい。障害を持つことになって、この内容がより実感されるようになった。下の詩は自作。想いの断片。

 

  クリスマスの贈り物

 樹に巻かれたコード

 にぶら下がる

 幾つもの電球は

 「奇妙な果実」

 のようだ

 

 新緑のコードの色は

 ビリー・ホリデイの

 押し殺した声に

 よく呼応している

 ぶら下がる電球は

 どれもちっぽけで

 ひとつひとつは

 取るに足りない

 フィラメントが切れても

 すぐホームセンターで買い足せる

 高いものでもない

 

 ツリーを前に

 おまえはどこを歩いてきたのか

 おれはどこを歩いているのか

 

 見る側はいつも見る側だから

 目に焼きつけ

 写真をとり

 思い出にし

 描き

 口ずさむばかりだ

 手をくだしたのは

 おれじゃない

 と歌詞をつけたブルースを

 

 ひとつひとつの電球もさることながら

 電球とコードの総和もまた

 樹を縛り首にしている

 おれたちはそれを

 見ているだけだ

 そうだろ?

 クリスマスのシャンパンに酔い

 電球のひとつひとつが名付けられるのを

 拒んでいる

 

 汝の名

 「ホリデイ」は

 心穏やかなる安息日か

 

 点滅しはじめる電球を

 下の此岸から眺見上げ

 おれたちはうそぶき

 やがては通り過ぎてゆく

 

 首の朽ちた樹の枝が

 追いかけるように

 伸びてこないか 

 その不安を

 おれたちは

 決して口に出さない

 

  ※ リンチされた黒人の死体が、木に吊り下げられた様子を歌ったビリー・ホリデイの『奇妙な果実』は、一九三九年に発表された。

                (河野 俊一)

 

 感想・・私もイルミネーションが好きではない。美しいと感じない。自然のままの美しさが良い。「おれはどこを歩いているのか」、自らの生き方を問いかけている。

029

(中津の八面山)

手で話す魅力

 先日(12月3日)、手話で話す人たちとの忘年会に参加してきた。

 会場に着くと、遠くの方から手で私に語りかけてくる人がいる。夏にお会いしたAさん(70歳の女性)。「前会ったよね。覚えている?」

 「ええ、夏の飲み会で。Aさんですよね」と言うと、隣りの人に「覚えていてくれたよ」と、楽しそうに話される。

 なんて便利な言語だろう。向かいの席の人と話したかと思えば、遠くの席の人に合図して話しはじめる。音的には静かだけれど、雰囲気はとても賑やか。いろんな方向へ手話が飛び交っている。

 ななめ向かいの人が私に何かを話される。私にはその意味内容が分からず、何度も首をかしげる。何度か首を傾げた後、まわりの人が説明をしてくれて、ようやく理解する。それを見ていた人がおかしがる。

 年配の方が最後の挨拶をされる。とても分かりやすく話される。必死に聴いていると、隣りの席の方が「あの人は聞こえる人」なのだと説明してくれる。ろう学校の校長先生なのだとか。

 手話で話される人たちはとても表情が豊かだ。嬉しそうに、楽しそうに、悲しそうに、ときには怒りながら。だから、とても賑やかだ。

 感情が直截に表現される。だから、聞こえる人たちより心がつながりやすいと感じられる。翌日には大分県手話研修会に参加したが、ここでも、何かしらあたたかな雰囲気が感じられた。このあたたかさはどこから生まれてくるのだろう? ずっと、そう感じていた。

 そんな、こんな魅力が手話にはある。もっと、ある気がする。

 いろんな楽しさ、面白さに気づきたい。

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(スーパーの中のパン屋さんのツリー)

きらめくものたち

 空を見ている時、海を見ている時、人と話している時など、ふとした瞬間に、この世できらめいているものたちを感じることがある。

 ゾシマ長老の兄、マルケールの言葉ではないけれど、人はみなすべてのものに責任を負っていると同時に、すべての存在の、存在しようとする意思からあふれてくる、よろこびに満ちている。

 抗いようもなく悲しみの底に突き落とされ、二度と這いあがることなど不可能と思えても、その人のまわりには、その人の意識にかかわりなく、生命がきらめいている。ゴールディング『蠅の王』にて沖に流されたサイモン少年のまわりにきらめいていたものたちのように。

 日常の何気ない会話にも、それは飛び交い、明るい粉を撒き散らしている。それは妖精のようでもあり、そんな特別な呼称を与えなくても、もっと普通に、いたるところに満ちている。

 それは誰にでも感じられると、私は思っているのだが、どうだろう?

 でなければ、どうして立ち直ることなどできよう。どうして美しい音楽が生まれよう。「池の底」にも、きらめきはひそむ。むしろそのような場所(時)にこそ、それらは満ちるのかもしれない。

 だから、それを画きたいと、私は思う。

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(光につつまれて)

 

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