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幻の詩集 西原正春の青春と詩

 草倉哲夫(2011).幻の詩集 西原正春の青春と詩.朝倉書林 p.122-125 を引用する。

 このような、詩の言葉を流れている何かしらあたたかなものを、私は大切にしたい。

      *      *      *

 ついに正春に召集令が来た。京都の第一芸文社より第一詩集『朝の歌』を上梓しようと入稿までした春のことであった「神々の供えに」のなかでは、自分の生涯を無為であったと表現しているが、私にはそうは思われない。詩集の表題作になるはずだった、この詩にも正春の一生を通じ流れていたあたたかいものが溢れている。プロレタリア文学運動は瓦解したが、その底流は、まさにマグマとして流れているのある。彼は、どんなに貧しく、苦しい生活のなかにあっても、弱い人のことを忘れることはなかった。彼がプロレタリア文学運動に入ったのも、テロに屈しなかったのも、単なるイデオロギーの問題ではない。その底に流れている心根があったからである。

 

 朝の歌

 

 霜の厳しい朝。

 

 いつもの露地を折れて又いくつか折れて

 踏切を越へ橋を渡つて私は勤めにゆく

 

 途に鼻緒の切れた女の兒の下駄が棄ててあつた

 

 盲啞学校の前を通るとき

 貧しいみなりに汚れた一團の少年たちと逢つた

 少年たちは跣足だつた

 (如何にして少年たちは跣足なのであつたらう)

 少年たちはいちやうに呻きに似た聲で

 喜悦を交はしてゐた

 少年たちは

 天を指し

 今翔けすぎた鵬翼のあとを追ひ

 崇高な魂の叫びを

 あげてゐるのだつた

 金属の鳥の

 いさましい羽音が少年たちに聞へるのだろうか

 

 うつむいてくらした私の少年の

 貧しい日がかへつて来たやうに

 

 彼等少年のよろこびが胸に觸れて来た

 

 虹をくぐれ啞の少年たち

 虹をくぐれ盲の少年たち

 しやわせになるやうに

 

 私は切なく胸につゝんだ感動の痛さに

 美しい日本の空を

 仰ぐのであつた

 

 こんな眼で少年たちを見ていたおとながどれだけ当時の日本にいたであろうか。当時、彼らは非国民であった。お国の役に立たないからというのである。

007

(黄色い薔薇と花瓶)

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