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The Boy in the Striped Pyjamas 縞模様のパジャマの少年

 2008年、イギリス-アメリカ映画。

 8歳の少年ブルーノは、余りに無邪気であった。4歳年上の姉も、ごく普通の思春期の少女だった。

 少年の父は、映画の冒頭で昇進の祝福を受けるが、表情に陰りがあった。彼は新たに絶滅収容所の所長になった。そのことを家族は知らされていない。

 新しい地へと、家族は赴く。少年は窓から見える少し離れた「農園」の人たちに興味を持つ。やがて少年は、誰にも悟られないようにして、電流の流れる有刺鉄線の向こうに座る縞模様のパジャマの少年シュムールと話しをするようになる。最初は寂しさと興味から。ブルーノは、「本当のこと」を何も知らない。

 ある日母親は、夫に仕えるコトラー中尉から、それが絶滅収容所であることを知らされ、心を病むようになる。夫は「国のため」と言う。しかし、国とは何か。

 父の実家からおじいさんがやってきて、夕食を共にする。その席でコトラー中尉の父親がスイスへ行ったことが分かり、父はコトラーを前線へ送る。

 夫婦は口論をくり返し、結局妻と子どもたちだけが引っ越すことになるが、新しい友だちと別れたくないブルーノは、有刺鉄線をくぐり、ユダヤ人たちのところへ行き、何も知らないまま運命を共にする。

 もし母親が、子どもたちのためを思い、引っ越しをさせようと思わなければ、ブルーノは収容所へ入って行かなかったかもしれない。もしコトラー中尉を前線に送らなかったら、ブルーノを早めに発見できたかもしれない。途中、収容所の宣伝映画を父たちが見る場面があり、ブルーノはそれを覗き見て、収容所が楽しいところだと思う。もし事実を知っていたら、もちろん入って行かない。

 フィクションであるこの映画が何を言いたいのか分らないのだが。

 ただ、感じられたのは、境界などどこにも無いということ。

 そして、他者を滅ぼすとは自己を滅ぼすということ(逆に言えば、ブルーノにとってのシュムールがそうであったように、他者は自己を自由にする)

 自己を正当化しようとするあらゆる行為(戦争、差別、科学技術の開発など)は、自己を貧しくするということ。

048

(水辺の蜻蛉)

 

  

 

 

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