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私ではない何か

 私たちが誰かを愛するとき、そこに「私」はない。在るのは、名づけようのない「思い」ばかりだ。別の言い方をすれば、「私ではない何か」が私を通してあなたを愛している。

 「私はない」と言うと、マイナスイメージで捉えられるかもしれないが、その逆で、かえって生の充溢を感じる。「私ではない何か」と共にある、それはたとえば「亡くなった人がいつも私の心の中で生きている」という感覚に近い。

 あるいは、在ることですでに愛されている、そういう感覚が私にはある。物や人は、そのように存在している。

 感じられる愛を、私もまたあなた(他者)へと移す。

 私ではない何か。それははじめて出会った、不思議な何かである。つねに認識の枠からこぼれ落ちる何かである。でも、いつも寄り添うものとしてここに在るもの、である。

 詩を読むとは、その何かを感じることだと思う。

 詩人を過る「何か」が、私たちに流れ出す。

 詩にかぎらず、音楽でも、彫刻でも、絵画でも、スポーツでも同じである。創る人たちの、そうと意識され、意識されていない「何か」を感じとることによる、感じとる側と感じとられる側の生の充溢がそこにある。

 言葉と共に流れ出す何かは、私たちの心に届く。それを強く抱きしめる。それが生きることかもしれない。

008

(いまここに在ること)

 

 

 

 

 

 

 

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