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詩を書くということ

 小学低学年の頃、詩を書いたことがあった。それっきり、長い間書いたことがなかった。

 教科書に出てくる詩に、共感したことがなかったせいかもしれない。

 何年か前に試みたことはあったが、「合評」という場で、なぜか私の詩に反応は無く、これもそれっきり。

 昨年、知り合った方の誘いで、海辺で即興詩を叫ぶ会に参加した。そのとき、「あ、書けるかも」と思った。

 同じ頃、「みんなで自由に詩を書こう」という場をもうけて(15名のうち半数近くが初めて詩を書く)、即興で詩を書いて、読み合った。聴いていて、そのひとらしさ、というのが感じられて面白かった。ただ自分の思いをぶつけただけの詩(?)が、詩をつくる意志をもって書かれたのより、直接に伝わって来るものがあった。

 それから後、たまに書くようになったが、「書けた」という感触はまだない。

 詩、というと敬遠されがちである。「ポエム?」 ファンタジックなものを連想されるらしい。あるいは難しい、わけのわからないもの、というイメージ。

 書かなくても、詩を通して何かを語り合うことはできるだろうと、「詩を読む会」を開いてみることにした。参加予定者は、詩集を出している人から、文学にほとんど接したことのない人まで、さまざま。各自好きな詩・文を持ってきて読み合う。どうなるか楽しみ! (8月の別府市報で告知しています)

 主催者なのに、じつは詩をあまり読んだことが無い。日本の詩人も数えるくらいしか知らない。読んでも、何も感じないことが多いから。それでも、最近読んだ河津聖恵さんの言葉にはなぜか親近感を覚えた。言葉に思いが込められているから、だと思う。

 そういう詩を、私もいつかは書きたい。

013

(4月に鉢植えを購入。9輪めのレディー・ヒリンドン)

 

 

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コメント

「詩を読む会」、近くだったら私もぜひ参加したいです!

とてもうれしいです!

でも遠いので、ついでが無いとなかなか来れませんよね。
(前日の8月26日には全国手話通訳研修会の主催で姜尚中さんの講演があり、私も聴きに行くのですが…)

10名ちょっとの参加になると思います。
こういう会をいろんな人があちこちで開いたらいいのに、と思います。


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