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虜囚の記憶

 野田正彰(2009).虜囚の記憶.みすず書房

 5月の初めに毎日新聞のインタヴュー記事を読んで以来(このブログの「社会のあり方」を参照)、野田さんの本を数冊読んだ。「背後にある思考」「共感する力」「なぜ怒らないのか」(いずれもみすず書房発行)。私のこれまで知らなかったことが多く書かれてあり、とても参考になった。

 戦争時に、日本人が中国人に何をしてきたのか、私たちはもっと知らなければならない。それは、今を生きるこの国の人間としてのつとめではないかと感じた。

 私は、中学・高校の歴史の授業では、現代史はほとんど習わなかった。「時間がないので」という理由だった。真実は、「触れない方が無難だから」ではないだろうか。過去を正しく知るための努力を傍らに置いておいて、私たちに未来は開けるだろうか。

 幾つかの文を引用する。

 〈一三歳で虜囚にされた李良傑さんは八〇歳近くになった。約三百人の田川鉱での労工は、彼を残して皆死んでしまった。過ぎ去ろうとしない記憶は、老いてさらに鮮明になっていく。今生きている日本人に、そして中国人に、中日戦争で、何が起こったか、民衆はいかに苦しんだか、知ってもらうために記憶は生きつづけている〉p.44-45

 〈花岡蜂起後の地域住民の言動については、当時国民学校五年生だった野添憲治さんの痛恨があるぐらいで、事件前に中国人労工をどう見ていたか、何も分らない。中国人労工について、当時の住民は戦後堅く沈黙してきた。加害者の釈放運動は行っても、自らの過去とは対決してこなかった。その後の世代は、労工の遺骨返還や慰霊を行ったが、父母とその世代に、あなたたちは何をしていたのか、どう思っていたのか、何も感じることはなかったのか、問うていない。ひいては、自分たちを育てた上の世代の人間性、対人関係のあり方、文化がどのように自分たちに継承されているのか、自らの人格の基底にいかにつながっているか、問うていない。

 この問いは、被害者からは絶えず発せられているにもかかわらずである。例えば第一章で、李良傑さんは「日本人は分らない。片手に剣、片手にさくら、仏様、神様を持っている。暴力とやさしさ、両面を持っている、どうして?」と問うている。外の文化からの問いはいつも発せられているのに、私たちには聞こえない。自らに問いのない者は、外の問いを認知しない。勿論、日本全体になると、花岡事件を知っている人さえ少なく、過去との対決の内面化はほど遠い〉p.92-93

 〈草を食べること、拾ったものを口にすることに、何故ここまで激昂して、労工をいたぶるのか。食物を与えず、殺しているのは日本人職員である。にもかかわらず、彼らが飢えさせた労工たちが、飢えて草を食べることを激しく憤る。何を憤っているのか。命令のままに静かに殺されていかないから、憤っているのか。草を食べることに日本人職員への反抗を感じているのか。自分たち強者の思い、勝者日本人の思いが傷つけられたと感じているのか〉p.97

 〈帰国後、夜中に怯えて目を醒すことが何度かあった。結婚してから、妻がよく体を揺さ振って起こしてくれた。うなされ、叫んでいたと言われた。そんな時は、いつも棒で日本人に打ちのめされている悪夢を見ていた。段々と少なくなっていったが、今なお奥むで飛び起きる。

 「この胸の苦しさを外に出したい。これは一体、何なんだ。なんとか分りたい、説明してほしい」、邢念芳さんはうめくように言う〉p.184

 私は、この私を超え、過去にも未来にも行き亘る思念である。

 あるいは、記憶とは触れ、見つめられ、真実にいたる風景である。

 問いがある以上、それは共有され、共感され、正しく認識されなくてはならない。そういうことを想起させてくれる。共感する力によって、冷静な思考によって書かれている。

 ずっと精神や肉体の障害に苦しむ、日本に囚われた中国人労工、死に至る性暴力を受けた中国人女性に対して、私には何ができるだろう。

 知ること、そして可能な限り共感すること。そこがスタートである。

 この本が多くの人に読まれればと願う。

034

(津波の跡に咲いたよ)

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