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自立とは何か

 私の勤めている会社が「障害者の自立支援」をやっているので、改めて自立とは何かについて述べてみる。

 例えば自閉症の人にとって、それは周りの人から理解されることだと、私は感じる。十分な理解でなくても、何らかの手助けをしてもらえる状態が、自立だと考える。

 それは、それ以外の多くの人にも当てはまる気がする。

 人は助け合いながら生きているから。

 ならば、「自立」とは、そう特別な考えではなく、ごく当たり前に人が生きていく様を言うのだろう。

 「自立しなさい」という言葉を時々耳にするけれど。

 「自立することは良いこと」といったニュアンスの言い方も耳にするけれど。

 じつはそうではなく、そうであることが普通の、人の生き方であることに気づく。

 だから、「自立支援」とは、普通の生活が送れるようにサポートしますよ、ということなのである。いわゆるノーマライゼーション、あるいはインクルージョン、である。

 自己決定、自己責任、自由が「自立」の条件とも聞くけれど。

 「自己決定」も、「自己責任」も、「自由」も、人が普通に生きている一つ一つの場面を構成する書割に過ぎない。

 なのになぜそれが謳われるのか? あたり前の生活を送ることができていないからだろう。

 障害というものが、社会的に存在し、それをなくすことが(すなわち差別をなくすことが)あたり前であるにもかかわらず、おそらく(合理的)配慮の欠如ゆえに、げんになくなっていないから、「自立」の名の下の運動を展開せざるを得ない。

 だから、障害者差別禁止条例(法)が必要とされる。

 あたり前の生活を送るために、みんなが自らの心の動きをみつめ、素直に、つまり自由に考え生きていける世の中であってほしい。

 人はだれでも、いつでも素直になって、いくらでも反省し、希望を抱いて、手を携えて、明るく生きていけたらいい。

008

(2011.4.2 牧3丁目)

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コメント

たしかにconfident人が当たり前に生きてるだけなのに、周りの人の意識が特別な者にとらえるから特別なものになってしまうんだと思いますsweat01そもそも、障がい者とか健常者とかってって言う言い方も私はあまり好きではありませんdown人は人なのにsweat01それに人が気づいてくれる日が来てくれることを願っていますheart02

私も、障がい者、健常者という言い方に違和感を覚えます。そもそも区別する必要がないですよね。
また、塾で教えていた時に「うちの子が迷惑をおかけして…」と言われることが時々あったのですが、そんな時は「いえ、迷惑はかけるためにありますから(かけてください)」と答えていました。人と人は、もっと迷惑をかけ合って生きていったらいいと、私は思っています。それが自立であるとも。

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