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酔いがさめたら、うちに帰ろう。

 日本映画を見ることが少ないのだが、その理由は自分でもよくわからない。ある種のわかりにくさ、共感しえない何かを感じるからだろう。

 共感しえない何かを感じるとは、制作に携わっている映画会社、監督、俳優、スタッフの価値観に自分とは異質なものを感じるということである。

 それは社会生活に対する価値観、人間観に関わっている。

 この映画でもそれは感じられる。例えば精神科病棟での人間関係を描いた場面、医療を施す側の人間観など。

 映画制作をする人たちもそれを感じているのではないか。でもそれを切り取り、それと正面から向き合い、映像の中に提示することはない。

 日本人、日本社会を描こうとすれば、どうしてもそうなる。日本人の価値観がそうだからだろう。

 それは、例えば、自分の考えをはっきりと(論理的に)述べないこと、他者の反応を気にして論理性を抑えてしまうこと、である。ムラ社会的、と言ったらいいだろうか。

 更に、そこに偏見、差別、いじめを纏うことになる。

 そのあるがままを描くのも一手法なのだろうが、それでは余りに物足りない。

 そうは言っても、この映画の光景は優しさに満ちている。

 子どもたちの笑顔、、自信なさげな医者の内面、まだ死なないんだねと言う妻の内面、ラストの砂丘と海辺のシーンの美しさなど。

 そのようにしか生きていけない私たちの哀しみを、いつまでも見守っていこうとする眼差しを感じる。

 生きるとは何か――自分の内奥にある生命と対話すること。大切な何かに気づき、それに寄り添うこと。それを見つめ続けること。

 この社会を、私たちは肯定していいのかと、私は感じる。そして多数の日本人は、肯定も否定もせず、他者の価値観に合わせながら生きている感じがする。

 やはり肯定はできないと、海辺の光景を見て、私は思った。

016

(仲よく水浴び)

 

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