« 夢を生きる | トップページ | 生きる時間 »

詩を生きる

 詩を生きるとは、対象を感じ、その感覚に促されて生きること。

 ある絵(本)を見るとき、そこに表された(表されていない)ものを、意思を感じ、呼応する生を紡ぐこと。

 誰か(何か)と共に在るとき、その誰か(何か)を感じとろうとし、共に歩むこと。

 それらの印象の一切が錯覚であったとして、その錯覚を生きること。ドストエフスキーやプルーストの言うように、その錯覚を生きることが、より良い認識へと至る道なのだから。

 ある瞬間に閃いた考えを、大切に胸に抱き、それを糧として生きることがやはり錯覚であったとしても――ブッツァーティの小説のように。

 その考えを生きることが、尊いのだと、私には感じられる。

 ある人の生は頑なで、貧しく、誰からも顧られることなく、孤独の内に終わることになったとしても(無縁死)、それはそれで良いのだと思う。周りが救ってあげれば良かった、のではなく、それはそれで尊い生なのだ。

 他者に喜ばれたり、影響を与えたりするというより、今ここに感じられているものを生きることが、詩であると、私は思う。

 ――「ラジオ深夜便」の『無縁死』に纏わる話を聴きながら思ったこと。

033

(雪のち晴れ)

 

 

« 夢を生きる | トップページ | 生きる時間 »

詩を書く」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/391404/38708257

この記事へのトラックバック一覧です: 詩を生きる:

« 夢を生きる | トップページ | 生きる時間 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ