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生きる時間

 ラジオから聞こえてきた会話。親孝行のすすめ。ある程度年をとり、親と離れて暮らしている人が、親といっしょに過ごせる回数はあと何回で、それは何時間で、だから親と会う時間は貴重で、だから今の内に精一杯親孝行しようというお話し。

 それはそれで良いことだと思うけれど。○○だから○○する、ということではないと感じる。

 人生は一度きりだから。

 残された時間は○年だから。

 そういうことではないだろう。

 一度でなくても、仮に人生が二度あったとしても、あるいは明日死ぬことになっているとしても、毎日毎日、一瞬一瞬が、訪れる喜びであり、今ここに在ることが幸福であることに変わりはない。

 今ここに在る喜び。

 そのように感じられる時、今の無限(永遠)もまた感じられる。

 (また)見つけたよ、永遠を。という生き方がそれである。

 私たちは今を生きている。この生は未来の何かを想定しているのではなく、今が生きられること自体が尊いのだと、私には感じられる。

 この生が世界のすべてであると感じられるとき、世界はあらゆる様相を呈しはじめる。

001

(春き川の土手に咲いて)

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