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嵐が丘 Wuthering Heights (E.ブロンテ)

 最も印象に残ったのは、キャシーがネリーにエドガー・リントンとの結婚について相談する場面である。

 エドガーは良い人、結婚しようと思う。でも、うまく言えないけど、違うの。心が違うと言っている、魂が違うと言っている。

 理屈ではなく、心が、魂がどう感じているか。その心とは、魂とは、キャシーを超えていて、キャシーをしてキャシー足らしめているもの。

 魂なしには生きられないとも、キャシーは言う。

 私はヒースクリフなの。

 そう言うとき、彼女の「私」は彼女の心、魂である。

 それは対象との境界を知らない、荒野に生きる心、魂である。

 キャシー、ヒースクリフの物語は、人は個に生きるけれども、個を超えてしまっていることの矛盾を映し出している。

 目に見えるものだけがこの世ではなく、目に見えないものとの絶え間ない行き来に、生はあるのだと、言っている。

 魂なしには生きられない。ある日ふと魂との疎遠を感じたヒースクリフは、その瞬間に生を終える。

 そして新たな生命たちの躍動がはじまる。

 いつまでも(永遠に)心地よい余韻の残る物語である。

 《My great miseries in this world have been Heathcliff's miseries, and I watched and felt each from the beginning; my great thought in living is himself. If all else perished, and he remained, I should still continue to be; and, if all else remained, and he were annihilated, the Universe would turn to a mighty stranger. I should not seem a part of it. My love for Linton is like the foliage in the woods. Time will change it, I'm well aware, as winter changes the trees - my love for Heathcliff resembles the eternal rocks beneath - a source of little visible delight, but necessary. Nelly, I am Heathcliff - he's always, always in my mind - not as a pleasure, any more than I am always a pleasure to myself - but, as my own being - so, don't talk of our separation again - it is impracricable; and -》

002 

(霧のかかる山 我が家のベランダより)

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