« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月

物の視線

雲の中から 向こうから

視線を感じるのは

エルツェを仰山見たせいか

風景の中に意思を見ること

声を聴くことを欲するのは

私の自然な欲求だろうか

今も ほら

向こうに人ならぬ意思が

覗いている

 

今を超えること

どこにもない場所に出会おうとすること

おそらく数多の物たちも

私同様

それを欲しているに違いない

あるいはそれが

生きること

Photo

(ゆめタウン)

インクルージョン

 インクルージョン inclusion とは、ノーマライゼーション normalization の理念を具体化する方法。

 ノーマライゼーションとは、1950年代にデンマークで生まれ、世界に広まった考え。

 障がいのある人も、他の人と同様に、平等に、この社会のなかで生きていくのがあたり前だという考え方。

 人格の成熟とは、相互に信頼し合い、依存しあう関係をもつことだと言ったのは、イギリスのA.ストー。

 自立とはよりよい相互依存の関係を築くことだと言ったのは、安積遊歩。

 それをバリアフリーと言ってもいい。

 今まで知らなかった自分の内なる力に気づくので、社会のエンパワーメントと言ってもいい。

 本来社会にあるはずの多様性、無限に気づくこと。どのような人にも学びと成長の機会が与えられていること。

 ほんとうに、あたり前のことなのだけれど。

 自らの多様性に気づくこと、自らに蠢くものたちの力に気づくこと、それが生きているということ。

 私に映る人々の振舞は私であり、私は日々そこに生まれるものたちを育もうとしている。

 インクルージョンとは可能性を育む活動である。

 この社会の行く末を占うキーワードかもしれない。

 034

(別府市境川河川敷)

 

 

いのちに贈る超自立論

 安積遊歩(2009).いのちに贈る超自立論.太郎次郎社

 「治る」とは何かについて、遊歩さんはこう言う。

 〈十三歳のときに医者に対して、「私は西洋医学で治してもらうつもりはない」と言明したときから、私はずっと、「治る」ということについて考えてきた。そして、たどり着いた結論は、私にとって「治す」とは、自分のからだといのちを心地よく維持するための働きかけであって、けっして、健常者のからだに近づくことが「治る」ではない、ということだった〉p.22-23

 実感から得られた言葉だと思う。障がいを持たない私なら、「自然に回復するよう、心身の内と外に働きかけること」と言うだろう。

 日々の働きかけ。調律のような。

 手術をして「治す」ことは、治すことなのだろうか? と彼女は感じる。障がいは病気ではないのなら、そのままで百点満点なのであれば、必要なのは何か。

 〈障害を持つ子の将来を不幸と決めつけて、輝かしいいのちの「いま」を犠牲にしないでほしい。

 生まれるまえも生まれてからも、そして子どもに障害がある場合もない場合も、すべての親に心から願うのは、手術は、いのちにかかわるもの以外は極力やめてほしいということだ。親にできる最善のことは、自分のからだは自分のもの、ということをつねに心にすえて、子ども自身の「治す=自分のからだといのちを心地よくする」行為をサポートすることではないだろうか〉p.26

 ありのままのいまを受け入れて、いまを大切に、彼女は生きている。痛みも、自然と受け入れる。

 〈痛みは、「どういうふうにしたら、いのちを心地よくできるかを探っていいよ」という、からだが発するサインだ。私が感じる痛みは私のもの、感じないふりをするのではなく、その痛みを大事にしたい、といまは思う。感じることのなかに、さまざまな気づきがあるのだから〉p.30

 障がいを持って生きることは、この社会の価値観に触ることになると、読んでいて感じる。

 プライバシーを持つことが暗黙裡に肯定されていること。優生思想が社会の隅々に浸透していること。歩くことが唯一の正しい移動方法と思われていること。臓器移植を含めた手術というものの在りよう。生活保護と働くことの意味。など。

 〈いろいろ考えると、角膜提供より、本当に必要なのは、視覚障害をもつ人が奪われている体験の幅や質をとり戻すことだ〉p.71

 〈賃労働こそ重要なことという資本主義の考え方、つまりこの社会の考え方は、そこに参加できない人や参加しない人に、ひじょうに価値の低い存在という役割を押しつけてくる。押しつけられたほうも、みごとにそれを内面化する〉p.80

 〈スペースを人間が所有できると誤解し、自分だけのスペースを求め、プライバシー絶対のなかで個室主義が蔓延するにつれ、人は相手が人間であるというまなざし、つまり思いやりと理解力を失ってきているような気がしてならない〉p.150

 〈私はそこにプラスして、「よりよい相互依存の関係を築くこと」が、もっとも重要な自立だと思っている。すなわち、助けあう関係をつくり、ひとりでなんでもすることを極力なくしていく方向性を選ぶことが自立なのだ〉p.152

 〈競争を排し、つながって助けあえることはぜんぶ助けあってやろうという価値観が社会の主流になったら、障害をもつ人たちはとても生きやすくなるだろう。なぜなら、障害をもつ私たちのからだは、孤独とか競争とかとはまったく無縁のところにあり、助けあい、補いあい、分かちあうところでのみ、生存可能なのだから〉p.158

 人々が当たり前と思ってることは、じつはそうではなく、そういう社会の価値観は変えることができるのではないかと、可能性を感じる。

 そのことに気づいている人たちがいて、一方では法律を良くしたいと、障害者運動を推進する人たちがいる。それぞれの立場から、思いを表現することの必要性を感じる。

 この本をヘルパー研修の資料にすることにした。

3

(大分市牧三丁目)

 

 

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ