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ある一行

   ある一行

                    茨木のり子

 一九五〇年代

 しきりに耳にし 目にし 身に沁みた ある一行

 

 〈絶望の虚妄なること まさに希望に相同じい〉

 

 魯迅が引用して有名になった

 ハンガリーの詩人の一行

 

 絶望といい希望といってもたかが知れている

 うつろなることでは二つともに同じ

 そんなものに足をとられず

 淡々と生きて行け!

 というふうに受けとって暗記したのだった

 同じ訳者によって

 

 〈絶望は虚妄だ 希望がそうであるように!〉

 

 というわかりやすいのもある

 今この深い言葉が一番必要なときに

 誰も口の端にのせないし

 思い出しもしない

 

 私はときどき呟いてみる

 むかし暗記した古風な訳のほうで

 

 〈絶望の虚妄なること まさに希望に相同じい〉

      *      *      *

 たとえば、プラス思考とは何でも前向きに考えることを言うらしい、マイナス思考とはその逆であるらしい。

 どちらも同じだと私は思う。

 物事は、曇りのない目で、価値のフィルターをかけることなく見ればいい。

 それでも、絶望するほどの苦しみに心が領されたとき・・・、このハンガリーの詩人の一行を思い出すことは、視界を拡げてくれることだろう。

 じつのところ、私はなぜ人が絶望するか、希望を抱くか、理解しえない。おそらくは、生のリズムとして必要なのだろう。

 そしてこの一行に同感する。

 正しく、それはそうである。訳者や茨木のり子さんが解したようにではなく、同じであるという、その一点において。

 今の私をつぶさに、公正に見る、そこに現れる風景は豊かであり、どこまでも果てしなく広がっている。

2

(車の中から)

 

 

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