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フロッタージュ

   フロッタージュ

                        みもと けいこ

たとえば 十円玉の上に紙をおき その上から鉛筆でこする すると十円玉の影が紙の上に滲み出してくる この技法を絵画ではフロッタージュといい シュルレアリスト・エルンストが最も得意として用いた方法である

人の心に紙をのせる 鉛筆でこする それは言葉にならない心の凹凸を 意識の上に写し取る方法である

微細なところまで 濃淡をつけて

つぎに〈ヒロシマ〉の上に紙をおく 鉛筆でこする 芯のさきに濡れたやわらかい肉の手ごたえがある 芯をとがらせ力をこめる 肉はやけこげていて皮膚がめくれている その部分にさらに力をこめ まさぐる 紙の下から腐臭と血と膿がにじんで 少女のうめき声がもれた

〈そんなことなんだ おまえたちのしていることは〉

    *

〈衆目の視線にさらすことによって 今一度《なぶる》 そのことについて考えたことがありますか?〉

    *

時のくさびで 写真のなかにとじこめられた少女よ レンズの向こう側から 私たちの繁栄を凝視する少女よ 一瞬のまなざしを架け渡しのりうつる―日々の暮らしで自分自身が行う呪術について 私たちは意識することはないが 〈見ること〉と〈見られること〉は どれほど深い場所で お互いを犯しあう行為なのだろう  凶器に似たまなざしをあびながら むしろ〈なぶられた〉のは私の方だ

    *

信じつづけていた救済を

どこかであきらめ

信じることをやめると 炎は

炎の形のまま凍りつく

 

そして少女よ あなたに告げよう

悲しみもまた 刃物に似た凶器なのだと

あなたの悲しみを

私の 手で読むと

    *

〈あなたの背後でいつもなにかが煙っています〉

ある人にそう告げられたとき いつも心の底が熱かったわけがわかったような気がした その場所には うずたかく瓦礫が埋まっているらしいのだ

思い出にひたりながら鉛筆で私自身をなぞると あの少女が浮きあがってくる 私はあなたの記憶なのだ とつぶやきながら

      *      *      *

 描く、創作するのではなく、なぞる、写し取る、そのような行為に孕まれる凶器に、私たちはどのように対したら良いのだろう。

 扱いをまちがえることなく、そこにある真実を看取するには、それ相応の感受性が要る。あるいはこの詩にみられるような内省の心が。

 あれは私だったと、感じられるまで時を経巡ること。

 時をとめること。一瞬に凝縮された物語を生きること。

 悲しみ、煙り、なぶられる、その記憶を生きること、それを強いられること。

 いつも対話をすること。

 いつまでも生きること。

 

 

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