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2010年8月

ある一行

   ある一行

                    茨木のり子

 一九五〇年代

 しきりに耳にし 目にし 身に沁みた ある一行

 

 〈絶望の虚妄なること まさに希望に相同じい〉

 

 魯迅が引用して有名になった

 ハンガリーの詩人の一行

 

 絶望といい希望といってもたかが知れている

 うつろなることでは二つともに同じ

 そんなものに足をとられず

 淡々と生きて行け!

 というふうに受けとって暗記したのだった

 同じ訳者によって

 

 〈絶望は虚妄だ 希望がそうであるように!〉

 

 というわかりやすいのもある

 今この深い言葉が一番必要なときに

 誰も口の端にのせないし

 思い出しもしない

 

 私はときどき呟いてみる

 むかし暗記した古風な訳のほうで

 

 〈絶望の虚妄なること まさに希望に相同じい〉

      *      *      *

 たとえば、プラス思考とは何でも前向きに考えることを言うらしい、マイナス思考とはその逆であるらしい。

 どちらも同じだと私は思う。

 物事は、曇りのない目で、価値のフィルターをかけることなく見ればいい。

 それでも、絶望するほどの苦しみに心が領されたとき・・・、このハンガリーの詩人の一行を思い出すことは、視界を拡げてくれることだろう。

 じつのところ、私はなぜ人が絶望するか、希望を抱くか、理解しえない。おそらくは、生のリズムとして必要なのだろう。

 そしてこの一行に同感する。

 正しく、それはそうである。訳者や茨木のり子さんが解したようにではなく、同じであるという、その一点において。

 今の私をつぶさに、公正に見る、そこに現れる風景は豊かであり、どこまでも果てしなく広がっている。

2

(車の中から)

 

 

あすなろコンサートNo.2

 今日、別府市中央公民館前の La Torre di Z で開かれた、第2回あすなろコンサートに行ってきた。

 主催はハーモニアス別府。サンシティー音楽院のHPにより、このコンサートを知った。

 今回の曲は、C.フランクのヴァイオリンのためのソナタ、F.プーランクのオーボエのためのソナタ、フルートのためのソナタ、ドビュッシーのシリンクス。

 ピアノは加藤宏子さん、ヴァイオリンは徳田美和さん、フルートは石井暁子さん。

 良い曲ばかりで、丁寧で心のこもった素晴らしい演奏で、とても幸せな気持ちになった。

 小さな会場に、あたたかな雰囲気が溢れていた。

 音楽家の思いのこめられた曲。「音楽家の」ではなく、「音楽そのものの」思いに貫かれた、と言うべきか。

 聴きながら色んなことを考えた。音楽により、思考が揺さぶられたのかもしれない。

 以前見た、ヴィオールという楽器を主題にした音楽の映画のこと、文学のこと、など。

 このあすなろコンサートは、今年の6月にはじまったらしい。

 また聴きに行きたい。

      *      *      *

 帰りに、道端にきれいな紫の花が咲いていて、蜂や蝶が集って来ていた。

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 そして、夕暮れの鶴見岳(自宅玄関前より)

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デジカメ

 初めてカメラを購入した(PENTAXのOptio I-10)。白くて小さい。

 試しに別府公園の風景を撮影したのだが、「動画」にセットしていたらしく、失敗。

 今朝改めて、海を撮影した。

 こんな感じconfident

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 遠くの反射に惹かれてシャッターを押したら君の笑顔が浮かんだ

ハーメルンの笛吹き男

 1284年にハーメルンの町に不思議な男が現われた。この男は様々な色の混った布で出来た上衣を着ていたので「まだら男プンティング」と呼ばれていたという。男は自ら鼠捕り男だと称し、いくらかの金を払えばこの町の鼠どもを退治してみせると約束した。市民たちはこの男と取引を結び、一定額の報酬を支払うことを約束した。そこで鼠捕り男は笛をとり出し、吹きならした。すると間もなく、すべての家々から鼠どもが走り出て来て男の周りに群がった。もう1匹も残っていないと思ったところで男は〔町から〕出て行き、鼠の大群もあとについていった。こうして男はヴェーゼル河まで鼠どもを連れてゆき、そこで服をからげて水の中に入っていった。鼠どもも皆男のあとについて行き、溺れてしまった。

 市民たちは鼠の災難を免れると、報酬を約束したことを後悔し、いろいろな口実を並べたてて男に支払いを拒絶した。男は烈しく怒って町を去っていった。6月26日のヨハネとパウロの日の朝――他の伝承によると昼頃となっているが――、男は再びハーメルンの町に現われた。今度は恐ろしい顔をした狩人のいで立ちで、赤い奇妙な帽子をかぶっていた男は小路で笛を吹きならした。やがて今度は鼠ではなく4歳以上の少年少女が大勢走り寄ってきた。そのなかには成人した市長の娘もいた。子供たちの群は男のあとをついて行き、山に着くとその男もろとも消え失せた。

 こうした事態を目撃したのは、幼児を抱いて遠くからついていった一人の子守娘で、娘はやがて引き返して町に戻り、町中に知らせたのである。子供たちの親は皆家々の戸口からいっせいに走り出てきて、悲しみで胸がはりさけんばかりになりながらわが子を探し求めた。母親たちは悲しみの叫び声をあげて泣きくずれた。直ちに海陸あらゆる土地へ使者が派遣され、子供たちかあるいは何か探索の手がかりになるものをみなかったかが照会された。しかしすべては徒労であった。消え去ったのは全体で130人の子供たちであった。

 2,3人の人のいうところによると、盲目と唖の2人の子供があとになって戻ってきたという。盲目の子はその場所を示すことが出来なかったがどのようにして楽師〈笛吹き男〉についていったのかを説明することは出来た。唖の子は場所を示すことは出来たが、何も語れなかった。ある少年はシャツのままとび出したので、上衣を取りに戻ったために不運を免れた。この子が再びとって返したとき、他の子供たちは丘の穴のなかに消えてしまっていたからである。

 子供たちが市門まで通り抜けていった路は18世紀中葉においても(おそらく今日でも)舞楽禁制通りプンゲローゼと呼ばれた。ここでは舞踏も諸楽器の演奏も禁じられていたからである。花嫁行列が音楽の伴奏を受けながら教会から出てくる時も、この小路では楽師も演奏をやめて静粛に通りすぎなければならなかった。子供たちが消え失せたハーメルン近郊の山はポッペンベルクと呼ばれ、麓の左右に2つの石が十字形に立てられていた。2、3の者のいうところでは子供たちは穴を通り抜け、ジーベンビュルゲン(今日のハンガリー東部の山地)で再び地上に現われたという。

 ハーメルンの市民はこの出来事を市の記録簿に書き留めた。それによると、市民は子供たちの失踪の日を起点にして年月を数えていたという。ザイフリートによると、市の記録簿には6月26日ではなく22日と記されているという。市参事会堂には次のような文字が刻まれている。

   キリスト生誕後の1284年に

   ハーメルンの町から連れ去られた

   それは当市生まれの130人の子供たち

   笛吹き男に導かれ、コッペンで消え失せた

 また新門には次のようなラテン語の碑文が刻まれている。

   マグス(魔王)が130人の子供を町から/攫っていってから272年ののち、この門は建立された。

 1572年に市長はこの話を教会の窓に画かせ、それに必要な讃を付したが、その大部分は判読不可能となっている。そこにはひとつのメダルも彫られている。

                 阿部謹也著作集 第1巻(筑摩書房 1999)より

      *      *      *

 真相には様々な説があるらしいこの「ハーメルンの笛吹き男」を、最近ふと思い出した。それでこの本を図書館から借りてきたのだが、腑に落ちる記述ばかりだった。

 当時の社会状況、祭り、慣習、人種、女性や子供の地位の低さ、ようするに人々の考え方(生き方)を考慮に入れれば、この話の持つ意味は果てしなく深い。

 いまよりずっと粗野で、荒々しく、宗教的で、迷信に左右されがちであった人々の有様が写し出される。

 ……と、中世の話を紐解いていると、これもまた現代であるとの既視を覚える。

 伝説には非合理性があり、でもその非合理性と共に人は生きてきたという事実がある。願いと迷妄を綯交ぜにして日々を生きる人々の姿がある。

 不意に子供たちがいなくなる、そのことの悲しみに、何かしらの希望が感じられる。それは何か?

 物語に仮託された真情が、人の心(言葉)の襞をより深くする。そのことが、人が生きていくうえで大切なことのような気がする。

 歴史と物語を見つめつづけること、それは多様で無限な自己を見つめつづけることである。

恋人の嘆き

 8月10日火曜日、竹瓦温泉前の夢喰夢叶にて、介助サービス利用者2名とギターの竹内幸一先生による演奏練習会を試みた。

 2名はハーモニカを演奏。練習が進むにつれて、3人の息が合ってきた。もっと練習を重ねれば、演奏会もできるのでは? と思わせられた。

 曲目は、酒よ、Love love love、大きな古時計、上を向いて歩こう、昴、いい日旅立ち。

 楽しい練習風景だった。利用者2人の、表現したい思いが溢れていた。ユニットが組めたら、と思う。そして日々練習を重ね、いつの日にか…

      *      *      *

 さて、練習会の初めに、竹内さんが何曲か独奏をしてくださった。

 その最初の曲、恋人の嘆きがとても良かった。悲しく、繊細な旋律が、先生の優しいお人柄と相俟って、とても心地良かった。

 J.K.Mertz, Pianto Dell'amante.

 http://www.youtube.com/watch?v=eBDePZAKkzc&feature=related

 作曲者はハンガリーの人らしい。目を閉じて聴くと、私の知っているヨーロッパが感じられた。

 音はなぜ、このように優しく、記憶を呼び覚ますのだろう。

 おそらく、感情の深い部分、奥底で感じられる何かを、伴うからだろう。――そこに訴えること。

 「音楽とは魂をうばうこと」、映画「めぐりあう朝」の登場人物が言っていた。

 そういうことだろう。

 そこに訴える力を身につけることが、音楽にかぎらず大切なこと。

 目に見えない何か、音に聞こえない何かに、触れること。

 それを守り、育むこと。

 

 

 

フロッタージュ

   フロッタージュ

                        みもと けいこ

たとえば 十円玉の上に紙をおき その上から鉛筆でこする すると十円玉の影が紙の上に滲み出してくる この技法を絵画ではフロッタージュといい シュルレアリスト・エルンストが最も得意として用いた方法である

人の心に紙をのせる 鉛筆でこする それは言葉にならない心の凹凸を 意識の上に写し取る方法である

微細なところまで 濃淡をつけて

つぎに〈ヒロシマ〉の上に紙をおく 鉛筆でこする 芯のさきに濡れたやわらかい肉の手ごたえがある 芯をとがらせ力をこめる 肉はやけこげていて皮膚がめくれている その部分にさらに力をこめ まさぐる 紙の下から腐臭と血と膿がにじんで 少女のうめき声がもれた

〈そんなことなんだ おまえたちのしていることは〉

    *

〈衆目の視線にさらすことによって 今一度《なぶる》 そのことについて考えたことがありますか?〉

    *

時のくさびで 写真のなかにとじこめられた少女よ レンズの向こう側から 私たちの繁栄を凝視する少女よ 一瞬のまなざしを架け渡しのりうつる―日々の暮らしで自分自身が行う呪術について 私たちは意識することはないが 〈見ること〉と〈見られること〉は どれほど深い場所で お互いを犯しあう行為なのだろう  凶器に似たまなざしをあびながら むしろ〈なぶられた〉のは私の方だ

    *

信じつづけていた救済を

どこかであきらめ

信じることをやめると 炎は

炎の形のまま凍りつく

 

そして少女よ あなたに告げよう

悲しみもまた 刃物に似た凶器なのだと

あなたの悲しみを

私の 手で読むと

    *

〈あなたの背後でいつもなにかが煙っています〉

ある人にそう告げられたとき いつも心の底が熱かったわけがわかったような気がした その場所には うずたかく瓦礫が埋まっているらしいのだ

思い出にひたりながら鉛筆で私自身をなぞると あの少女が浮きあがってくる 私はあなたの記憶なのだ とつぶやきながら

      *      *      *

 描く、創作するのではなく、なぞる、写し取る、そのような行為に孕まれる凶器に、私たちはどのように対したら良いのだろう。

 扱いをまちがえることなく、そこにある真実を看取するには、それ相応の感受性が要る。あるいはこの詩にみられるような内省の心が。

 あれは私だったと、感じられるまで時を経巡ること。

 時をとめること。一瞬に凝縮された物語を生きること。

 悲しみ、煙り、なぶられる、その記憶を生きること、それを強いられること。

 いつも対話をすること。

 いつまでも生きること。

 

 

なつかせる

 そのとき、キツネがあらわれた。

 「こんにちは」とキツネがいった。

 「こんにちは」とちいさな王子は礼儀ただしくこたえたけれど、ふりかえってみてもだれもいない。

 「ここだよ、リンゴの木の下だよ……」

 「きみはだれ?」ちいさな王子はたずねた。「とてもきれいだね……」

 「ぼくはキツネさ」とキツネがいった。

 「おいで、いっしょにあそぼうよ。ぼく、とってもさびしいんだ……」

 「きみとは遊べないな」とキツネはいった。「だってぼく、まだなつかせてもらっていないもの」

 「ああ、それはごめんね」とちいさな王子はいった。

 でも少し考えてから、つけくわえたんだ。

 「『なつかせる』って、いったいどういう意味なの?」

 「きみはこのあたりの人じゃないね。なにをさがしているんだい?」

 「人間をさがしているんだよ。『なつかせる』ってどういう意味なの?」

 「人間は猟銃をもっていて、それで狩りをする。まったく困ったもんだ! それから、ニワトリも飼ってる。それだけが取り柄さ。きみ、ニワトリをさがしてるの?」

 「ううん。友だちがほしいんだよ。『なつかせる』ってどういう意味なの?」

 「それはね、つい忘れられがちなことなんだよ。『きずなを作る』という意味なんだ」

 「きずなを作る?」

 「そうだとも。ぼくにとってきみはまだ、たくさんいるほかの男の子たちとおなじ、ただの男の子でしかない。ぼくにとっては、きみがいなくたってかまわないし、きみだって、ぼくなんかいなくてもいいだろ。きみにとってぼくは、ほかのたくさんいるキツネとおなじ、ただのキツネでしかない。でも、もしきみがぼくをなつかせてくれるなら、ぼくらはお互いが必要になる。きみはぼくにとって、この世でたった一人のひとになるし、きみにとってぼくは、この世でたった一匹のキツネになるんだよ……」

 「だんだんわかってきた」とちいさな王子はいった。

         サン=テグジュペリ/野崎歓訳(2006).ちいさな王子.光文社古典新薬文庫

      *      *      *

 なつかせる、という言葉がいい。意味もいい。

 そのような関係を、人は求めている。

 相手は、人や動物だけでなく、場所や、物や、本や言葉だったりする。時間がかかることもあるし、出合った瞬間から、ということもある。

 親密なるもの。

 そして、いちどなついたら、忘れることはない。

 相手を、つよく抱きしめる。そうすることで、人はひとつ成長する。

 夢みる、とも言う。

 懐かれ、孕まれた思いは、どこまでも拡がり、いつもここにある。

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