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思いによりそう3  わかりあう

 『生きる わたしたちの思い』に寄り添う。

      *      *      *

 わかりあえないということ

 それでもなおわかりあおうと懸命になるということ

      *      *      *

 人と人が本当にわかりあうことは、あり得ないと思う。

 でも、わかりたい気持ちは自然と湧き出てくる。

 なぜか。

 そのわかりたい対象とは、本当は、「私」のことでは?

 ……私は、この私より、もっと広くて、大きくて、多様で、そのことにこの私は薄っすらと気づいていて、あなたが私だということにも(その逆にも)、微かに身に覚えがあって、じつは私たちは私かもしれないこと、星々の煌めきも私かもしれないという考えが、不意にこの私をよぎったりする……

 私たちは私たちのことをわかりたい。

 あなたの意外な言葉は、あなたの心とはうらはらで、いや本当はど真ん中のストレートで、でも本当に喋っているのは、あなたなのかどうか。

 あなたなのだけれど。

 この私が本当にわかりたいのは、あなたをして語らしめている、この宇宙の意思のようなもの、なのかもしれない。

 わかりあえないそれは、「他者」と呼ばれる。

 ……わかりあえないから他者で、わかりあえたら「私」だ……

 私は、他者をわかりたいから、広く、大きく、多様にもなるのかもしれない。

 なおわかりあおうと懸命になるのかもしれない。

 

 

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