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私とは

 様々な思いが、「私」をかたち作っていると感じる。

 例えば親の思い、兄弟の思い、祖父母の思い、祖先たちの思い、さらには、ヒト以前の多くの生き物たちの思い、鉱物の思い、風の思い、海の思い、雲の思い、空の思い、光の思い、星たちの思い、宇宙の思い、etc.

 思いとは、苦しみ、悲しみ、怒り、喜び、慈しみ、祈り、愛、憧れ、願い、信念、etc.

 それらが綯交ぜになって、時に分かたれ、様々な「私」たちとなり、感じ合い、また集まり、新たに生まれ、消えゆく。

 私とは、そのようなもの。

 初めて出会う何かに懐かしさを覚えるのは、「何か」が私の一部だから。

 懐かしいという感情は、そこに新しい何かを見出したい欲求に似ている。

 私とは、絶えざる甦りではないだろうか。この私という生命に、私は永遠を即応させる。

 私の拡がり、私の浸透、どこまでも限りの無い。

 そこに(つねに)、理解不可能なもの、意想外のものが現れる。他者である。

 この他なるものは、いつかは私に理解されるために現れたのだと、解しておこう。

 見つめよう。その異形なるものを。私の理解を拒み続けるものを。

 私はまた、見るものでもある。

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