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2009年7月

納棺夫日記

 青木新門(1996).納棺夫日記 増補改訂版.文春文庫.

 死体を納める作業を繰り返していると、そこに居合わせる人々の思いが透けて見えるようになるのだろう。

 〈この仕事を続けていると、玄関へ入った瞬間悲しみの度合いが分かるようになる〉

 さらに、この世のしきたりの不合理、宗教や科学に関する疑問が浮かび上がる。

 そして、『大無量寿経』の〈光顔巍巍〉に行き当たる。

 〈親鸞もまた、《ひかり》の体現者であったといえる〉

 トルストイ『イワン・イリッチの死』で、死の瞬間にイリッチが見た光、あるいはドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』で、ゾシマ長老の幼年時代の回想に出てくる兄マルケールの喜び=感謝の言葉などは、親鸞その他の人々の体験した光、喜びと同じものだろう。

 作者が見た、青い竹にとまった糸トンボの卵も、そのような光を放っていたかもしれない。

 その光に触れること、在ることの喜びに満たされること、それが宗教の目的だと、作者は親鸞から感じとった。

 この世の生において、あらゆる思いを感じとること(それはおのずと言葉に昇華される)、感じ取られたものを見つめつづけること、それ以外の何がこの生における善であろうか、と私は思う。

 良い本だと思う。感性の素直さが、作者の生を紡いでいる。

ぼんち

 山崎豊子(1959).ぼんち.新潮文庫

 昭和の初め頃の、船場の足袋問屋河内屋5代目、喜久ぼんの物語。

 〈河内屋は、四代を経ていたが、初代からあと三代はずっと跡継ぎ娘に養子婿を取る女系家族であった〉

 河内屋の家内は、祖母きの(お家はん)、母勢以(御寮人はん)に仕切られる。苦労知らずに育った彼女らは、伝統文化を育むと同時に自身らをも庇護する船場のしきたりに拠って生きた。きのは喜久ぼんの妾についても指図する(本宅への挨拶など)。

 喜久ぼん(喜久治、河内屋喜兵衛)は、きのらへの反発と父(4代目喜兵衛)の言葉「ぼんぼんになったらあかん、ぼんちになりや」の間を彷徨いつつ、甲斐性のある生を辿る。やがて、戦禍に遭い、きのを亡くし、4人の妾の生きる意思を見定めてから、自らの生へと向かう。物語はそこで終わる。

 〈女道楽をしても、何かものを考える人間にならねばならぬというのが、喜久治の放蕩の倫理であったが、放蕩を重ねながらも、どこかで人生の帳尻を、ぴしりとあわさねばならぬ時機がある。思う存分、さまよい歩いて来た喜久治は、突如として、沈淪の底からうかび上がるように、そこを抜け出た〉

 人生の帳尻を合わせるのが、ぼんちであるらしい。

 そういう倫理もある。だが、ほんとうにそれでいいのか?

 生とは帳尻ではない、そういうことにも、気付いただろう。しきたりを深く内に宿しつつ、目覚める、それは、内からの、心の高揚だったろう。

 様々な過去を纏ってこその、発揚だったろう。

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