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いま哲学とはなにか

 岩田靖夫(2008.6).いま哲学とはなにか.岩波新書.

 図書館で何気なく手にとり、言葉の質に誠実なものを感じたので、借りて読んでみた。

 ・人はいかに生きるべきか

 ・人はいかなる共同体をつくるべきか

 ・究極根拠への問い

 ・他者という謎

 ・差別と戦争と復讐のかなたへ

 予想通り、良い本だと思った。題名の表すように、著者がこの本を書いたのは、現代に生きる人々を見て、哲学からの照射が必要だと感じたからである。

 例えば、政治。アリストテレスを引用しつつ、なぜ法は必要か(理性支配)、教育とはなにか(心性の涵養)、幸福とはなにか(真善美)を、丁寧に述べてある。

 例えば、人間関係。レヴィナスを読み解きつつ、他者とはなにか(絶対の謎)、他者と私の間にある無限の深淵とはなにか(それがなければ他者とは言えない)、自由であるとはどういうことか(受動)を問いかける。

 それらは、倫理からの問いかけである。いま哲学とはなにかを語るとは、倫理に添うことだと感じられる。

 なぜ人を殺してはいけないか? それは、少なくとも「第Ⅳ章 他者という謎」に書いてあるが、どう読むかは読み手次第である。他者を自らの手で殺めることは、私を抹殺することに等しい。他者が私だからではなく、絶対の謎である他者を無くすことは自己を不自由にするだけだからである。

 とくに気になった箇所を引用する。

 〈さて、他者との関わりとは、「助けてくれ」と叫ぶ他者の呻きに応答することである。この場合、まず、他者の叫びが聞こえるかどうかが問題だろう。・・・・・・この他者の苦しみに巻き込まれるということ、すなわち、「共に苦しむ(sympathein)」ということ、それは文字通りには「共苦」であるが、それが「共感」であり、「愛」である〉p.123-124

 それは無論、自己中心的な者に同情することではなく、相対している者を理解しようとすることである。人は自己のすべてを賭けて他者を理解しようとする、そういう存在なのだと、著者は言っている気がする。

 そのために、私たちはどう生きるのかと、問いかけている。

 終章。さて、戦争を無くすにはどうしたらよいか。これは、理性的に生きることでしか、実現されない。あるいは、公共の福祉の下に人々が支えあう社会が生まれること。

 理性的であるとは、言葉の深い意味において、倫理的であること。他者を尊重しない人が理性的であるはずはない。

 どの時代においても、私たちは、善く生きるために生きている。

 とても気持ちよく読ませてもらった。

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