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第21回山口100萩往還マラニック(250km)完踏記

 5月2日(土)午後6時。うろこ雲、南南東高度80度辺りにうすく白い半月が見える。幾分風が冷たくなってきた。最終ウェーブでスタート。

 もう少し早くスタートしようと思っていたのだが、皆さんの整列のほうが早かった。午前11時47分別府駅発、瑠璃光寺横の受付に着いたのが午後4時半。それから準備をして5時20分にスタート地点に着いたら、もう雰囲気が盛り上がっていた。

 スタートをしてずっと、人の波を掻き分け、抜いて行く。だんだん薄暗くなっていく、人が疎らになってくる、月が色づいてくる、蛙の声が聞こえはじめる。夜へ、田んぼへ、山へ・・・

 私の前を、ずっとA-7 番さんが走っている。この人はたぶんベテラン。走りに無駄がない。42kmの西寺エイドステーションまで着いていく。

 そのエイド手前から、調子が悪くなってきた。下肢も身体全体もしんどい。疲労が溜まっていたのだろうか? 靴が底の薄いもので、しかも踵に靴下式のソールを当てていて、その靴下のせいで足の甲が痛くなってもいた。

 そこでその靴下式を外してみる。少し楽になった。

 さらに、テーピングサポーター(膝用)を装着する。思えば、これが良くなかった。別府からの電車の中、試みにこれを装着していたのだが、山口で降りるとき違和感を感じていた。おそらく、膝裏のリンパを圧迫していたのでは。そのサポーターを巻いて走ると、やっぱり膝裏が痛くなる。それで、しばらく走ってから外す。

 靴下式も、サポーターも、初めて使用した。慣れないことは、やはりしないほうがいい。

 コースを外れて寝転ぶこと 5,6回。この場でリタイアしても交通機関は今は動いていないので、油谷(ゆや:80km地点)までは辿り着こうと考える。

 3日午前1時半。60km手前の豊田湖畔エイドステーションでうどんを頂き、歩きながら出発。身体が回復してきたので、再び走り始める。

 俵山温泉、砂利ヶ峠(じゃりがたお)を通過。川の音、小動物のくぐもった声など、夜の音が心地よい。

 80kmを過ぎても走れたので、ここでのリタイアは無しにする。海湧(うみわき)食堂手前から空が明るくなる(5時)。俵島を1周(100km)する頃から新緑の香りが強くなってくる。幾重にも目の前に姿を見せる山襞の表面の、淡い新緑がそこここを彩る。暑くはないが、眩しい。立石観音、千畳敷(125km)を過ぎ、日置(へき)中学校の生徒らの応援エイドステーションに辿り着く(12時)。

 この日置の女の子たちのエイドが楽しい。ランナーひとりひとりにコスモスの種とお菓子を手渡し、目の前で、名前を呼びながら、歌うように応援してくれる。これは力になった。

 仙崎へ。向かう途中、相前後して走っていたカップルからリポビタンDを頂く。有難い。潮の匂いが強い。青海島(おおみじま)が左に鮮やかに見える。これからあの島に向かう。

 午後2時に金子みすず縁の仙崎(142km)に到着。青海島の鯨墓(152km)までを往復した頃から痛みが増強する。午後8時に宗頭(むねとう:175km)文化センターに到着、軽食と仮眠を取り、9時に出発。あと75kmを21時間で歩けばゴールできる、と計算する。

 ここからが正念場だった。

 1時間休憩したからか、なかなか走れない。鎖峠を越え、三見駅を越えても歩き続ける。踏み切りを6度渡る曲がりくねった細い道を、ヘッドランプの明りだけを頼りに進む。そして、4日午前1時、玉江駅(195km)手前で、左膝裏と両足裏の痛みのため、完全に脚が止まった。これでは歩き続けることもできない。玉江駅に着いたらリタイアし、朝になったら交通機関を使って山口まで帰ろうと決める。

 と、ここで2人のベテランランナーに声をかけられる。

 1人目は、「何か食べるものはある?」 と訊きながら、痛み止め(ロキソニン)をくれた。「左膝の裏? たぶんこれである程度痛みがひくと思うから、そこからがんばって!」

 痛み止めを携帯して走る人はどれほどいるのだろう? 連れのランナーも、痛みは回復することもあるからと、元気付けてくれた。

 そしてもう1人。「玉江駅に着いたら、スタッフの人がいて、仮眠を取れる場所があるから、そこで一眠りしてから、再スタートしたら良い」。さらに、「よく1人で走っているね」とも。

 これで、リタイアできなくなった。

 実際、玉江駅で仮眠を取ってからは、ロキソニンも利いてきたのか、痛みも和らいだので、ゆっくりだが走れるようになった。ただ、この玉江駅で、左膝が少ししか曲がらなくなっていることに気づいた。後でわかったことだが、膝を含め左下肢が腫上がっていた。

 原因は、おそらくサポーターによるリンパか何かの圧迫によって、体液の還流が左下腿で滞ったことによる。

 午前2時40分、玉江駅をスタート(ゴールまで55km、15時間半)。

 笠山の暗く曲がりくねった道を走る。椿館(205地点の食堂)で、スタッフに「なかなか辿り着けない道ですね~」と話すと、「女の子は怖いと言いますね」と。この大会にはこんな道が多い。同じ風景が繰り返すような、あれ、さっきも通ったんじゃない? と感じるような道ばかり。疲れているせいもあるのだろう。ここで生卵入りカレーを食べて、歩きながら出発。

 最後のチェックポイント東光寺(215km)を午前6時ちょうどに通過。

 私の歩いている姿を見て、萩市民の方が、犬(ミニチュアダックスフンド)の散歩の途中、念を込め、私の膝をさすってくれた。よくなりますようにと。感謝。

 明木市(あきらぎいち:225km)を通過。しかし、ここからはもう全く走れない。相前後して走って(歩いて)いた女の子は「ぼろぼろです」。一升谷で一休みしていると、歩け歩けの部の方から自家製のお茶のペットボトルを頂く。

 午後12時半、佐々並(235km)に到着。残り15kmを5時間半で歩けるか? 普通に歩けば問題のない残り時間と考えられる。「ゆっくり歩いてもゴールできますよ」と声をかけくれた人もいた。

 しかし、次第に歩けなくなる。でもここまできたらゴールするしかないので、ひたすら歩く。歩くランナーにも次々に追い越される。板堂峠で、私のために木の棒を探し、杖にしてくださいと差出してくれた人がいた。ありがたい! なんという人だろう。

 「頑張って!」 と声を掛けてくれる人もある。「ゆっくりでいいですよ、マイペースで!」とアドバイスしてくれる人もある。後者の言い方が、どれほど有難いことか。

 4時をまわり、雨がパラパラと降りはじめる。木の葉の間を縫って、水の粒がきらきらと零れて来て、つづら折れの石畳を濡らしてゆく。癒しの雨かも。

 午後5時半をまわり、ようやくゴール。多くの人に助けられた大会だった。

 次回は、最善の準備をしよう。

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