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2009年4月

藤の花と蓮華草とおばあさん

 4月22日(水)、山を走ってみた。

 別府公園近くの自宅を出て、浜脇温泉を通り、高崎山西側の斜面を上がる。そこから南へ、東へ、由布市狭間を巡る。

 石城小学校を過ぎ、「由布川渓谷」という道路案内が目に留まった。

 行ってみよう。

 1時間ほど走り、新猿渡橋の近くの渓谷に辿り着く。涼しい。川の両側に巨大な岩の壁。きれいな冷たい水。飛沫のせいか空気の層が違う。幻想的で、別世界に居るよう。

 藤の花びらが散っている。よく見るとそこここに。

 走ってくる間も、木々に絡まって咲く花をよく見かけた。藤の色は新緑によく映える。

 藤は藤色とばかり思っていたが、白い花も美しい。そういえば「白藤」という名があった。

 再び走る。

 志高湖を目指し、標高の上へ上へ。上がる途中、ずいぶん蓮華草を見かけた。棚田も多い。

 翌日の新聞で、「別府市内成」の棚田と蓮華畑が紹介されていた。私の走った辺りかもしれない。蓮華は田んぼの肥料になるそうだが、咲き終わる前に土を耕すと、翌年は咲かないのだとか。物事には順序があるということ。

 志高湖を出て、別府に戻る。途中から「鶴見岳一気登山道」を下りる。10日前は桜が散っていた道だったのに、その面影はなく、新緑がびっしり。別の道のよう。楓等の若い葉を避けながら走る。

 麓で1人のおばあさんに出合う。日に焼けた顔、満面の笑み。私が近づくと、

 お菓子あげる。

 掌を広げて。

 今開けたばっかりだから。

 ありがとう。

 掌に山盛り。

 おいしく頂いた。

 6時間ほど、たぶん50km位走った。

 10日後の5月2日~4日は、萩往還マラニック250kmに参加する。また、新たな風景や人に出合いたい。 

 

希いを込めて

 1本の柔らかい線になりたい

 風に舞い上がり 遠くへ駆ける糸のような

 季節を告げる 虫の糸のような

 気づかれる人に気づかれる

 あわいに過ぎる意思のような

 

 ずいぶん以前から そのような願望を持っていた

 言い出さないでいたのは 人に伝わらないから

 いつの時にか 伝わることは諦めた

 そういうことより

 私は私の畑を耕さなくてはならない

 ほんとうに

 希いを込めて

 なりたいものになろう

   

再会

 香雲に入る。

 小鳥の囀りが聞こえたと思ったら、数枚の花弁がチラチラと舞う。

 やがてそれは海の煌きに重なる。花弁のせいで、煌きは一層光を帯びる。

 無垢な少女を淵に流し、思慮深い少年を沖へ流した煌きたちのよう。

 流したというより、正確に言えば、見守り続けていた、いる。

 離れず、燦然と耀くものたち!

 目を閉じて、花の音を聞こう。

 気配に満ち、静寂に潜む。

 この出会いは初めてなのだけれど、またいつか会う気がする。

 ふと、「私たち」という言葉が浮かんで来た。

 私たちの再会。

 親しきものたち。

 あの煌きたちとの近似性がここにある。

 私たちの再会のために私は生きている、そんな気がしてきた。

良心の呵責

 先日、毎日新聞の読者欄に、良心の呵責により定額給付金の受取りを辞退するという投稿が載っていた。

 94歳の方、老人ホームで生活されていて、ヘルパーも利用されているとのこと。

 余裕のある生活ではなく、喉から手が出るほどに欲しいのだけれど、職や住まいを奪われた人のことを考えると、貰うことには良心の呵責を感じられると、仰る。

 血税、という言葉も使われていたので、政策に対する批判の意味も強いのだと思う。むしろ、そちらが主なのだろう。

 ばらまきに対する嫌悪(憤り)を、その2日ほど前に、東京都の医師の方が書かれていた。定額給付金に対する賛成は2割もなかった、とも。

 私はどうするか?

 良心の呵責も、あるかもしれない。

 受け取るか、受け取らないか。どちらが納得がいくか、素直に、心の声に耳を傾けたい。

牧三丁目のわが家から――亡き母へ送るメッセージ・生きてて良かった

 脳性麻痺の二次障害で頸椎(頸髄)を痛め、現在人工呼吸器を装着して大分市の自宅で生活していらっしゃる吉田春美さんの著書『牧三丁目のわが家から』を読んだ。

 直接ご本人から購入した。(700円)

 人工呼吸器を装着するに至った経緯、それ以前の生活、看護師さん他、関わり合って来られた様々な人のこと、文字盤を使って(あるいは口ぱくで)の意思疎通のことなど、いろんなエピソードが語られている。とても良い本だと思う。

 吉田さんご本人を知っているから、一層そう思えるのかもしれない。本の中ではご自身の生き方について、「頑固で、真剣に生きている」と繰り返し言及されているが、その通りである。更に、素直で、心の優しい方である、理性的である。

 この本を読んで、生きていることの尊さに触れることができたと、感じている。

 この本の最後の数行を引用。

 

 〈7年前に亡くなった母から、子供のころに、聞かされたことを忘れません。どんなに死にたくても、病気の僕を残して死ねなかった。無理心中など思ったことも無い。僕が生まれる、ずーっと前に、僕の兄でもある、二人の子供を交通事故と病気で死なせた悲しい話など、命の尊さを教えてくれた母の、つぶやきが、今の僕の生き方になっています。そして、これからも、多くの人に支えられて生きていることを、母が生きていたら、きっと、喜んでくれると思います。

         2005年5月4日〉

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