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2008年9月

パッチ・アダムス

 パントマイムのようだ。

 浣腸器を鼻に付け、にっこり笑っただけでも。

 架空の(ほんとうの?)リス退治も、無料の診療所も、医者たちを前に訴えた彼の生き方も、彼女への愛の告白も、卒業式の1シーンも。

 天性のユーモア。何より笑顔が似合う。人の心に寄り添い、企みの微笑で誘う。

 そうでなかったのは、彼女が殺されたとき。

 無垢な心ゆえの無防備。

 「私のせいだ」

 悲観は彼に似合わない。

 蝶(彼女の化身?)は、誰のせいでもないと、振舞う。

 彼は、彼らしく生きることしかできないのだから、笑顔を取り戻す。

 そして、いつものように、人の心に寄り添い(距離をいろいろ変えて)、夢を見つけながら生きていく。

虹の女神

 優柔不断なところが好き。

 鈍感なところが好き。

 不器用なところが好き。

 なにより、笑顔が好き。

 航空機事故で亡くなった佐藤あおいが部屋に残していた、大学時代に岸田智也から代筆を頼まれた女の友人宛のラブレターの裏に、あおいはそう記していた。

 「岸田さんのことだよ」 目の見えないあおいの妹がやさしく笑う。

 「ばかだなあ、お姉ちゃんも、岸田さんも」

 智也はしゃくり上げて泣く。読んで、ようやく、あおいの気持ちが、わかった。自分の気持ちもはっきりわかった。

 わかって、智也の心は、すうーっと、見通しのよいものになったような気がする。雨後の虹の空のように。

 あおいはもういない。だから、いまはただ切ない。

 かつてあおいと一緒に見た水平の虹を、あおいの死の直前に智也は見、その写真をあおいにメールした。

 

 人の心に残る人の生(心)は、残るだけではなく、変えるのだと、思う。気づかせてくれた人への切ない思い(彩り)がそこに重なる。

仕立て屋の恋 Monsieur Hire

 パトリス・ルコント監督の「仕立て屋の恋 Monsieur Hire」(1989)を観た。

 近所で起きた殺人事件の犯人と疑われるイール氏は、美しい音楽をかけ、正装をして、アパート向かいの若い女性の部屋を窓から覗き見るのを日課としていた。殺人事件の真犯人はその女性アリスの恋人だった。そのことを、イール氏は見て知っていたが、刑事には何も言わなかった。アリスに恋をしていたから。

 イール氏は近隣者たちから嫌われていた。「社交的ではないから」。彼自身、人間嫌いであった。孤独な中年男であった。ある日アリスはイール氏に覗かれていることに気づく。そこから物語は展開する。

 アリスはイール氏の部屋を訪れる。彼の優しさに接し、好意を抱く。誘う。だが、結局は恋人を逃がすために、イール氏を裏切る(彼を犯人に仕立てる)。

 刑事に問い詰められ、それでも真実を言わない彼は、自ら逃走し、屋根から足を滑らせ、落ちて死ぬ。

 

 イール氏の思いを映画は掬っている。人嫌いの恋は、具体的な愛に辿り着くことはなかったが、思いの純粋さが、さり気なく、布置された事物と共に鏤められた。

 部屋に転がり込んだ一個の赤いトマト、ハツカネズミの頼りない生、霧の風景、駅のレストラン。それらが彼の細部を彩る。

 保身によって生きるのではない、思いのために、それを保持しあたためようとして生きる。限りなく優しいお話しである。

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