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2008年2月

K.S.

 K.S.氏、女性、85歳、認知症、要介護4。この人のことを記しておきたい。

 4年前に出会った。大阪市港区・西区でホームヘルパーをしていた時の「利用者」である。排泄介助と食事介助を提供していた。

 春なのに、アパートの一室でずっと電気炬燵に入っておられた。ほぼ寝たきりで、全身の関節が硬くなって来ている様子。はじめまして、と挨拶すると、「おまえは誰や」。口が悪い、手にしていたパンを投げつける、でもほんとはいい人らしい。何回か通う内に打ち解けてきた。相変わらず口は悪いし、パンは投げる。

 エンシュアリキッド(カロリーメイトみたいなの)を1日に4缶(=1ℓ)、とスティックパン(棒状の菓子パン)少々のみを口にされる。もう少し食べたら? と言うと、パンを指し「にいやん(私のこと)も食え、にいやんが食うたら私も食う」。少し食べると、「もっと食え」。もうちょっと食べると、「食べてしまえ」。1本食べ終わると、「もう1本は雀にやって来い。チュンチュン鳴きよる」。表に出ると小さな公園があり、そこでパンを粉々にして撒くと雀たちが寄ってくる(こんなことして近隣の人らに怒られへんかな~まぁいいか)。雀にあげたよ、と言うと、「ほんまか」。ほんま。にこっとされる。試しにイチゴを買ってみた。顔をしかめ、「すっぱい~」。雪印のコーヒー牛乳だけは飲まれる。

 小さい頃は高知の浜辺で育ったと、その浜辺の唄を歌ってくれた。

 5月頃、炬燵に寝たきりよりはマシかと、ケアマネージャーと事務所とで相談し、レンタルベッドを導入した。だが、これは良くなかったかもしれない。何だか病人に見えてきた。

 7月、良かれと思って、ウインドファンを導入。本人は拒否していたのだが、真夏に冷房無しでは身体が持たないだろうと、無理やり説得した(私の言うことなら聞いてくれた)。でも、これも良くなかったかもしれない。7月末に風邪で発熱、数日入院される。病院から帰られると臀部に褥創ができていた。

 耳を疑ったのだが、「自宅に帰ったら褥創ができたとのことで、その治療のために再度入院されることになった」と、サービス提供責任者から聞いた。それから、ずっと入院生活が続く。一度見舞いに行った。熊の人形(といっても、顔は熊で、毛はなく、身体は人間みたいな感じ。20cm位)を買ってプレゼントした。顔を見せるなり、「おぉー」と笑顔。病院では悪態のせいで、厄介な患者と看做されているとも聞いた。握手をするとうれしそうにされる。いつもの会話をした。一人の熱心な看護師は二人の会話をカーテン越しに聞いていた。

 10月に、「老人病院」に転院したと聞いた。また見舞いに行った。今度も、顔を見せるなり笑顔で、「にいやん元気かあ」。熊の人形はなかった。しばらく話をして分かれる。その病院のいたるところで、死臭が感じられた。

 年が明けて、彼女の死を知らされる。ベッドも、ウインドファンも、良くなかったのだろう。私のせいかもしれない。

 もっと、笑顔を見ていたかった(彼女は実に気持ちよさそうに笑う)。気骨のある、気立てのいい、良い人であった。

フラナリー・オコナー

 本屋で、題名に引かれて手にとってみた。

 『存在することの習慣――フラナリー・オコナー書簡集』(2003,筑摩書房)

 オコナー…どこかで聞いたことのある名前…存在することの習慣とは? ページをめくるうちに、訳文を通して感じとられる言葉の質に手ごたえを感じた。

 アメリカ南部、ジョージア州の作家(1925-64)。そう言えば以前ペーパーバックで短編を読んだことがあった。その時は何も感じなかったのだが。

 それで、短編集を借りて読んでみた。

 「善人はなかなかいない」 

 「すべて上昇するものは一点に集まる」 

 「聖霊の宿る宮」 

 「生きのこるために」 

 「なにゆえに国々は騒ぎ立つ」

 手ごたえとは、ある種の共感である。計算して生きる賢しらを、彼女は嫌う。信仰を知性で理解しようとする態度も嫌悪する。彼女は書くの(創作)に時間がかかるとも言っている。

 登場人物たちは個性が強い。物語には緊張感が溢れている(一触即発の雰囲気)。それらははじめから意図して書かれたというより、考えながら、むしろ自らの思考を裏切る形での展開を受け入れつつ書かれたという感じがする(真正なる思考は当然その担い手を裏切りもするだろう)。

 もっと読んでみたい。長編『賢い血』なども。

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