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第8回国東半島100kmマラソン完走記

①2日前(9月21日金曜日)

 「お忙しいところすいません、お願いなんですが。明後日の大会の申し込みを過ぎていることは承知しています。参加費はお支払いします。記録はとっていただかなくて結構ですから、参加者たちと一緒に走らせて頂けないでしょうか」

 大会本部宛に、そのように電話したところ、参加を快く承諾してくださった。明日の受付でゼッケン等を渡し、記録もとります、とのこと。ただし、このことは参加者には言わないでください、とも。主催者のご厚意に、ただただ感謝。

 思い立ったのはこの日の朝。理由は、5日前の丹後100kmで途中棄権して、このままだとこれから走れない気がしたから。途中棄権したのは、気持ちの問題だった。7月になってから、まったく走る気がしなくなっていた。とりあえず申し込み、義務的に参加した、前日になっても、当日になっても、走る気が起きない。スタートしても。それで、46kmでやめた。沿道からの「がんばって~」の声援にも応えられなかった。

 参加させてもらえる、そのことだけで胸がいっぱいになった。

 

②前日(9月22日土曜日)

 受付を済ませるため、住吉浜リゾートパークへ向かった。向かっている途中、知人から電話があった。丹後で買って送った「丹後ちりめん折り紙」のお礼だった。以前勤めていた施設の利用者、パーキンソン病で身体の動きのままならないTさん、77歳女性。おしゃれな方で、綺麗な和紙を使ってご自身で作られた名刺入れを幾つか下さったことがある。こういうのはお好きだろうと思って送ったのだが、受話器からは涙声が聞こえてきた。「ありがとう。でも最近は手がいうことを利かなくてね、身体も…」声はよく聞き取れた。施設でお世話していたころは、耳元で聞かないと聞き取れないことがよくあった。パーキンソンは、声も出にくくなる。だから、施設内で折を見てカラオケに誘ったりもしていた。そういえば携帯はお好きだった。あぁ、そうか。携帯が声を拾ってくれて、相手に聞き取られやすいからなんだと、このとき初めて了解した。「ありがとう」を繰り返される。またいつか。こちらも心で念じた。

 

③当日(9月23日日曜日)

 前夜は、蒸し暑くて眠れなかった。走れるのか? だが、無理を言って参加させてもらった以上、途中棄権はできない。走るしかない。午前5時、暗い中をスタート。10km辺り、大分空港を過ぎたころ赤い陽が上ってきた。今日も暑くなりそうだ。

 10kmを過ぎて、見覚えのある男性と出合った。腰のポーチに萩往還のワッペン。サロマの85km付近で声を掛け合った人だ。熊本の方。Mさん、51歳。萩往還では250kmを走られたらしい。私は140kmでした、と言うと、「時間は?」「19時間30分でした」「速いですね~来年は250kmですね」またお遭いしましょうと、5kmほど併走して、別れた。

 30kmから(はやくも)身体がしんどくなってくる。不眠の影響? 40km辺りの山越えを終えたところで、ついに歩く。5kmほど歩いた。50kmの折り返しまでもうすぐのところで、同部屋だった福岡のHさんに出合う。「がんばりましょう」とエールを交換。直後に、スタートしたばかりの50kmの部の参加者たちとすれ違う。私の名を呼ばれた気がした。

 50kmの折り返し地点ではおにぎり2個と豚汁が頂けるのだが、しんどくて食べ物を受け付けない。しばらく横になり、バナナ1本と豚汁を半分、口に入れて、スタート。5時間25分経過。

 53km辺りで、昨夜の前夜祭で知り合った熊本のTさんと合った。60km辺りでは、萩往還で知り合った宮崎のTさんに、さらに前夜同部屋だった兵庫のOさんに出合い、声を掛け合った。

 また山を越えて、62km辺りのエイドで、大会案内を見ながら、おじいさんが「あんたの番号(146番)と名前載っとらんよ~」と言われる。「はい、すいませ~ん」と言うと、「さては遅く申し込んだんじゃなぁ~(笑)」隣りのおばさんは私のTシャツ(萩往還の参加賞)を見て、「あんた山口の人?」「いえ、これは山口の大会でもらったんです」大会案内には参加者の名前、ゼッケン番号、都道府県名まで書いてあり、番号が書いてないせいで、エイドのボランティアの人たちには私の情報が無い。それで、エイド毎に「どこから来たの?」と聞かれる。大分に来て間もないので、そのたびに「熊本です」と答えた。

 70kmを過ぎて、疲労はピーク。炎天下で、脱水症、熱中症も心配される。走りながら、「横になって休めるところ」を探した。幸い、小さな川にかかっている橋の下を見つけ、40分ほど横になった。ようやく立ち上がり、しばらく歩き、沿道のコンビニに入り、コーラとゼリーを口に入れる。ここでようやく回復。80km辺りのエイドでは、おじさんから「あんた、寝ちょったなぁ~、背中が汚れてるよ(笑)」またしばらく行って川を見つけ、Tシャツを洗い、走り始める。残り18km、10時間20分経過。

 回復してからは、気持ちよく走った。相変わらず暑かったが、陽も傾いてきた。この10時間の苦しみは、何を意味したのだろう? と、ふと思った。これから、明日からまた走れる、そんな気持ちでゴールテープを切った。

 (記録:12時間04分28秒)

 

 

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