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良い生

 看護を学んでいた時、「老年看護学」の授業で、先生が「良い死」ということを仰った。

 文脈は忘れたのだが、「良い死」という考えもありますよと、さらっと仰ったように記憶している。その授業の後で、「良い死」とはどういう意味で仰ったのですか、と聞いたのだが、深く考えて言ったことではありませんからと、かわされた。

 同じ授業の、死を扱ったグループワークにて、ある女の子が、親戚の皆から嫌われ誰からも相手にされず孤独のうちに亡くなった高齢者のことを話してくれた。そういう死もあるのだと。

 「尊厳死」という言葉がある。それが「安楽死」とどう違うかを私は知らない。リヴィング・ウィル(生前の意志・・無用な延命措置をとらぬ様)を文面に残しておくのらしい。尊厳死という言葉、文面を残すその行為に、私はある種の違和感を覚える。

 「迷惑をかけたくない」という気持ちがはたらくのだろうが。

 ――迷惑だと、誰も思っていないかもしれないではないか。死なないで欲しいと、みんなが思っているかもしれないではないか。

 どのような死であれ、それを良いとか、悪いとか、尊厳あるとか、そのような価値として考えることは、私にはできない。

 翻って、良い生を、言うこともできない。

 施設には、介護スタッフに敬遠されがちな高齢者もいらっしゃる。ちょっとしたことで腹を立て、気に入らないスタッフには杖を振り回される。だが、そういう方と、いつも「ありがとう」と感謝を口にされる方を比べ、どちらが良いと考えることもできない。それはその人の生き方であるから。本心はその逆、ということもあり得るし。

 良い生があるのではなく、その人なりの、そうでしかありえない生があるばかりだ。

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