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新・あつい壁

 中山節夫監督『新・あつい壁』を観た。

 小さな出版社の駆け出し記者が、ある日ホームレスから吉村事件のことを聞く。吉村事件とは、50年前ハンセン病患者の吉村さんが冤罪で死刑にされた事件である。

 若い記者は、熊本県菊池市の恵楓園(けいふうえん)を訪れ、患者たちから事件の内容を聞いていく。映画は、患者たち、関係者らの証言から、自然とこの事件の真相を解明していくことになる。

 映像を構成している目が穏やかである。告発するというのでなく、ただ真実を知りたい、という意思が感じられた。

 誤ってハンセン病患者にされ、確かな証拠もなく爆破、殺人の犯人にされ、真実が明らかにされようとすると、裁判の誤りが露呈しないよう速やかに死刑に処せられる。ハンセン病患者だから、雑巾のように捨てられる。

 偏見、差別という言葉が出てくるし、事実その根強さに抗する主旨の映画であるが、私にとくに感じられたのは、制作者の、吉村さんへの、苦痛に満ちた哀悼の思いである。

 記者は「真実は正義に支えられて真実となる」と書いた。真実を知りたいという思い(正義)に支えられなければ、たしかに真実は現われなかった。

 偏見や差別はよくないと言うのではなく、真実を知りたいという意思を持ち続けることが大切だと、映画は言っている。

 因みに、偏見や差別がなくならないのは、人が思考(=生)の無私性に思い至らないためであり、真実を求める意思とはその無私性それ自体である。

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