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やさしい青空に

 ヘルダーリン「やさしい青空に……」は、私の一ばん好きな詩である。

 読んでいると、詩人の心の美しさに引き付けられる。なぜ、このようにあたたかく、清らかなのだろう、この心は。いや、この心、ではなく、詩人が触れている何物かが、言葉たちを生んでいるのだろうか。

 〈功業にみちて、だが詩人のように

 人間はこの地上に住む〉

 明日の糧のために土地を耕す農夫が、空を見上げ、語ることなく、額の汗を拭う。向こうの木立から、鳥たちの囁きが聞こえる。彼はその声を聴き、また聴かずに、動作を進める。木立の彼方には教会があり、奏でられる音が空に溶け入る。功業にみちて、彼は在り、また、永遠なる今を生きる。

 長い詩なので、一部分を紹介する。

 

 〈やさしい青空に咲く

 青銅屋根の教会の塔。その

 まわりを燕の声が飛びまわる。それを

 心にしみる空の青が包んでいる。

 太陽は高空をかなたへとわたり行き、今 金属屋根を金色に染める。

 中空で風信旗の鶏が 風に

 静かな声をあげている。その時誰かが

 鐘の下を あの階段を下りてくると、

 そこには静謐なる生がうまれる。そして

 その姿が強く際立って見えるとき、

 そのとき人間の造形性があらわになる。

 鐘の音が鳴り出るあの窓は

 美に至る門のよう。というのも

 門はなお自然のままにあるゆえに、それは

 森の木々に似通う。浄らかさは

 けだし、また美しさ。

 内部の多様からは厳粛な霊が 生まれ出る。

 その姿はいかに単純とはいえ、その

 神聖さのあまり しばしば まことに

 それを叙べるのも憚からる。だが天上の者らは

 常に善良なる者として、皆共に 豊かなる者らのように

 この美徳と喜びにあずかる。人間も

 それに倣ってよいのだ。

 生が労苦のみから成るものなら、人間は

 上を見上げ そうしてこう言ってよいのだ、あのように

 我もまたあらんかと。然り。友情が

 浄らかなままに なお心にあり続ける限り、人間は

 もはや不幸な者でなく、

 神に匹敵する者なのだ。神は知られざる者か。

 それとも大空のように開示されし者か。こちらだと

 私は思う。それは人間の尺度なのだ。

 功業にみちて、だが詩人のように

 人間はこの地上に住む。なにしろ

 冴えわたった夜空の星たちですらも、

 そう言ってよければ、神の似姿と言われる

 人間ほどには 浄らかでないのだから。〉

 

 『ハイデッガー全集 第39巻』(木下康光、ハインリッヒ・トレチアック訳、創文社)からの引用。

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