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考える幸せ

 以前、天王寺の歩道橋で、何かの勧誘を受けた際、「人はみな幸せになりたいと思っていますよね」と言われた。

 「少なくとも私はそう思ったことがありません」と答えたのだが、そこで会話は終わってしまった。

 大阪でホームヘルパーをしていた時に、会社の人(上司)から、「ぼくは、みんなが幸せになれることを願って仕事をしている」と言われた。

 「私はすでにじゅうぶん幸せですよ」と言ったのだが、その人は私のその言葉を素通りしてしまった。まったく通じなかったのだ。

 幸せを望む、という心の構えが理解できない。また、幸せになりたい、と人が言うときの、「幸せ」とは何を指しているのだろうか。

 私が幸せになりたいと思ったことがないのは、事実その通りに、「思ったことがない」からなのだが、一方で、「すでにじゅうぶん幸せ」だからでもある。

 その幸せとは、何度も書いたかもしれないが、「考えること」である。

 それはもう、楽しいひととき、なのである。

 あぁ、この感覚がわかってもらえたらなぁ。

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